風が強い。家族が夜遅くに帰って来るのだが、飛行機が飛ぶのだろうか。飛んだはいいが、着陸するのにも苦労しそうな強い風。思い返してみると、家族が飛行機に乗る時はいつも災難に見舞われている。いつも本人は無事で帰って来るのだが、学生時代の修学旅行等でも必ずなぜか嵐が襲い、ずっと長い時間滑走路や空をぐるぐるしていることは多々あるし、ダウンバースト?というのだろうか、突風が吹いたりして飛行機が揺さぶられて穏やかに帰って来ることがなかった。到着時間の時間延長は必須のようだ。今夜も荒れるのだろうか?
持って生まれた運命で、それでも家族の元へ帰って来られるというのは有難いものだ。災難には遭うけれど、戻って来られるということを繰り返しているからか、あまり心配していない。本人はいつも大変なのだろうが、その苦難を乗り越えて帰宅しているから、後で話を聞いている自分は冒険談を聞くみたいで、ただただ面白い。
人のことは家族だと言っても他人事で、特に目の前の事象じゃないせいか、気にすることが出来ない。かわいそうなのかもしれないが、自分には同情することすら感覚的に難しい。ゲラゲラ笑ってしまう。現に目の前にいる家族が元気一杯♪だと今更不安になって青ざめても心配しても仕方がないからなぁ。まぁ、これもきっと自分の親としての運命なのだろう。
気温がグンと上がって、雨も降ったりしていたせいで、庭の植物が背丈をいつの間にか伸ばしている。花が咲いた後の果樹は実をつけていて、めずらしくレモンの枝にもたくさんの花の蕾がついていた。これは豊作の予感。手入れを上手く出来なかったけれど、本を読んだりして、どこに花が咲いて実がつくのかを知ってから剪定をするようになった。
まだしっかりと把握出来ている訳ではないのだが、伸ばされた枝が今年花を咲かせるものなのか、来年のものなのか、見極めなくてはいけないことも知った。枝の先の方に実をつけるタイプの果樹とそうではないタイプのものもある。滅多やたらに切る剪定を止めて、少しずつ数日に分けて手入れをすることにもしてみた。いつも一気にやってしまおうとしていたことも、失敗を助長させていたかもしれない。植物だって、こちらの失敗をリカバリーするのに時間がかかるのだ。何事もゆっくり、少しずつだな。
雑草も一気に伸びて来たところである。これも全部一度に取りかかるということばかりしていたけれど、いくら狭い庭だからと言っても、全部やるのには数時間かかってしまう。ランダムに伸びた草に合わせて立ったり座ったりするだけでも体力を使う。
自分の体力と時間の都合と、草の生える伸び方に合わせて、ちょうど良い草取りをしよう!という本を見てみた。すべての草が同じペースとは限らないのだから、特色を知っているといきなり全部やらなくてもいいということがわかる。雑草とはいえ、みんな違うのだ。
草取りをやる回数や高さや深さ、広さも含めて生育がそれぞれ異なるならば、自分がやれる範囲とはどの程度だろうかと考えつつ取り組む。一括りにしてしまっていたから「自分」対「大群の草」みたいな構図になっていたが、小さく生えていれば邪魔にならないものもあるし、適度なグランドカバーになってくれて、土の表面がさらされて土が乾いてしまうこともない。生育が遅いものは生えていていいとして残しつつである。理解が進むとちょうど良い感じになるかもなぁ。適度に草を残して、涼しく過ごす夏へ向けて過ごし方が少し変わるかもしれない。
さて、今日はケーキ屋の手伝いの日である。久しぶりなので、メモを見直して、接客のやり方や会計の仕方等を復習。いつもロールプレイをやってから向かっている。何もやらないで頭が真っ白でドキドキするよりは練習して行くのだ。以前勤めたことのある会社でも朝礼の時に接客用語等をみんなで唱えてから現場に入ったっけ。身支度と同じで気持ちの切り替えが出来るのだから、やっておいて損はない。業務に慣れた時期になって来てからも、気持ちを新たにして向き合うことが出来るものだ。やろう、やろう。
では今日はこのへんで。