興味もないし気にかけていないのに勝手に自分の目に映る相手には、熱くなってすぐさま溺れて欲しい。

いつもは虫を愛でている。けれど、虫の中には強敵もいて、人類としてどう立ち向かうか、と私を悩ませている相手がいる。温度が上がり、草が生い茂って青々として来る。空気が少しだけ乾いて、集めて積んでいた枯草もいい感じになって土が温まって来た。ヤツがいつ来てもおかしくない季節の到来だ。否定と予想の「来るな~」という言葉を思わず口走ってしまった。

その相手が昨日は現れた。しかも二度立て続けに来るのが常である。青いヤツと赤いヤツ。つがいではないだろう。眠るときにも布団をぱらんと振って目を凝らし、模様の中にヤツがいるんじゃないかとハラハラ。シャワーを浴びていて目をつぶって開いたときにも急に足元に現れ、台所で洗い物をしているシンクの縁をゆっくりのそのそ歩くヤツだ。いつだったか、今私がいるこのデスクで仕事をしていた家族は、上から落ちて来て突如現れたヤツに慄いたこともある。疲れ切って布団を被ったそのタイミングに壁をのそのそ歩くヤツを目にして、そのままには出来ず、「ったく何なんだよ!!!」と私は荒々しく声を上げ、すぐには穏やかに眠らせてもらえない夜を何度か迎えたこともあった。

声を荒々しく上げたのは、ただただ自分がすぐに眠れないということだけが腹立たしく、相手に対してどうこう言えるわけではない。大抵相手にはも~ぅ、どうしようか?と伺いを立てているみたいにすでにいつも弱気である。もちろん素手でなど触れるわけではない。なぜか腹筋に力が入る。特に下腹。丹田に力を入れる。ヤツと格闘するには腹を据えなくてはならないのだ。以前は取っ手の付いた粘着テープ(家では通称コロコロ)を持って来て、ヤツを押さえ込み、そこに家族が来て熱湯をかけるという連係プレーを行って来たがそうは行かない。今はひとりだ。私とヤツとの一対一の生存がかかった勝負となる。さあ、どうする?

昨夜はまず勝手口のドア上辺の隙間に現れた。ここなら熱湯をかけても問題ない。よし。と、やかんに火を入れて湯を沸かす。今後は常に熱湯をポットに入れておくべきだなと思う。いつヤツが来ても準備しておけば何とか一人でもやって行けそうだ。などと思っていた矢先、ヤツがすでに動き出していた。行方をしっかり見ておかないと大変だ。踏んづけたこともあるからだ。それで刺されたら万事休す。それに衣類やタオルをしまっているところに紛れ込むと厄介だ。少量のお湯が沸いた。しかし、戦闘が長引くこともある。ヤツも必死で逃げまくるだろう。ヤツはこちらが察知していることに今は気が付いていないはずだ。ポットに移し替えてまた少しお湯を沸かす。沸いたところでヤツはどんどん壁を下り、勝手口の土間のところまで下りて来ている。よし、今だ!

ダラダラ~と熱湯をかけた。戦闘と言っても、狙い定めてお湯をかけるだけである。カップラーメンにお湯を注ぐとかお茶の急須にお湯を注ぐのと動作は同じである。ただ、気を抜くとヤツが必死になって逃げるので仕留めることが出来ないことがあるのだ。逃げてしまったら、結局どこへ入り込んだかわからず、気になって気になってその夜は眠れなくなるのだ。それは出来るだけ避けたい。動きがゆっくりになっているが、さらにもう一度アツアツの熱湯をかけてお亡くなりになって頂いた。戦闘は終了し、勝手口のドアからヤツの本体を外に出した。束の間の休息である。

なぜ束の間なのか。大体世間ではつがいで出て来るよ~と言われている。今までの経験上、確かに出てくるときは同時期に2匹か3匹である。今回はこれで終わりだといいなと思いながら、ひとまず、ヤツを殺めてしまったことに手を合わせた。「もう、だから、家に入って来るなって。」念仏みたいな、お願いみたいなことをヤツの仲間に対して口に出して言う。入って来たら申し訳ないが同じことをやるのだ。だから、お互いのためにも目に映らない場所で生きていようって。そう思うがなかなか聞き入れてはくれないのが常である。

「あっ」お互い目が合った(と思う)。お風呂に入るために着替えを取りに2階へ行ったときのことだった。本棚の横の壁にヤツの仲間がいた。色はさっきは青だったが、今度は赤いヤツだ。一体どこから現れて来るのだろう。いつだって突然、だけれど予期はしていた。さっき熱湯を入れて用意していたポットを取りに行く。準備は出来ている。良かった。寝室にはまだ遠いから、ヤツのスピードなら私の方が勝るはずだ。げんなりする時間は後回しだ。本棚は近いが、壁にいる間なら何とかなる。本棚やヤツを隠してしまう鴨居もこの部屋にはないから、きっと大丈夫だ。戻ると同時に壁に向けて熱湯をかけた。

だらだら~と流れ落ちる水あと。ヤツも一緒に落ちて行く。なぜか丸くなる。いつもならピンと真っすぐ体が伸ばされるのに。突如復活したら怖いので床に転がったその体を塵取りですくい、そこに再びお湯をかけた。動かない。きっともう大丈夫だ。今度は玄関から外へ出て、家のコンクリートのところへ置く。明日中には鳥が来て食べたり、蟻が気が付いて持って行ってくれるだろう。

塵取りに付いた湯を払って雑巾で拭く。そうだ、2階の部屋の壁や床も水浸しだ。カップ1杯程度の水だが拭かないとだめだろう。また部屋に戻る。砂壁に水が吸い込まれて、最初に湯を当てた場所から丸く広がって、その周りもだらだらと重力に素直に従って流れ落ちた水あとが付いている。なんだか髪を振り乱した人型みたいだ。お化けの染み、みたいになっちゃわないだろうか。ヤツの怨念が・・・とか。けど、なぜ人型?

では今日はこのへんで。