自分がやりたいことは自分がやるしかないのだから、出来なかったことを悔やまず、これからやれることを面白くしたい。

若い年齢のときに認知症を発症した方のお話を聞いた。認知症と診断されると、まだ診断されたばかりの軽度の方も年齢も進んで重度の方も一緒にされて、自分の状態を抜きに「認知症の人」というくくりにされてしまい、どんどん行動の自由を奪われて行く経過を辿ってしまいがちになるようである。

話をしてくれた方も、診断されてすぐに「人生終わった」と思ったそうだ。もう何も出来ないと思い、一人で動くのが不安になり、周りに迷惑をかけないように行動が狭まる。ただ、話をしてくれた方はその後同じように認知症と診断された人々と関わるようになって話をしたことにより、自分が思っていた「周りに迷惑をかけてしまう」というのは思い込みであって、自分自身が認知症というものに偏見を持っていたことに気が付いたそうだ。

おかしいなと思ったら早期に診断を受けて行くこと、支援が周りにたくさんあるということを知ること、社会参加をして行くことが大事だと話されていた。実際に今も失敗はたくさんあるとのこと。道にも迷うし、電車を反対方向へ乗り間違える。人の顔はわからなくなるし、子どもの顔でさえ確信が持てない。だけれど、道に迷えば誰かに道を聞けばいい。電車を乗り間違えたら、気が付いたところで元に戻ればいいのだ。自分が人の顔がわからなくても、忘れてしまったとしても、相手がわかってくれたらそれでいい。子どもだって自分から名乗ってくれるから、それで確認出来ているのだと。失敗はたくさんあるけれど、それでいいのだと言う。むしろ、失敗をさせてもらえなくなる=行動の自由を奪うことになっていくことが良くないのだ。

「この人は認知症だから」と、少しずつ起こり始める失敗体験をきっかけに、その後は失敗さえさせてもらえず、様々な行動を次々と奪われることで自信も喪失して、自分の居場所がなくなると言っていた。

徘徊をするという行動1つとって見ても、居場所があるかどうかでその後の行動に違いがあるようだ。絶対こうだというわけではないが、何人もの人に理由を聞いて行きついたことらしい。家の中で行動制限がきつくなって、家で自分が何も出来なくなると、家に居場所がないから外へ出て行くのだという。この場合は、徘徊の目的が死にたくなってうろうろしているから、なるべく人目がつかないところや暗い所へ行き、そのせいで死んでしまうことに繋がることがあるとのこと。一人暮らしの人が徘徊する場合は、居場所がない訳ではなく、単に道に迷うだけなので、広いところや明るいところへ行き、人目に付きやすく、見つかりやすいとのこと。徘徊をする、と一言で言っても、内容はきっと様々なのだろう。だが、その話を聞いて自分はかなり納得してしまった。

居場所というのはなんだろう。自分がいたい場所、自分の役目がある場所、楽しいと思って過ごす場所等々、思い浮かべる居場所の形はいろいろあるのだろう。今回は「認知症」と診断された人がすべて同じであるかのように、「病気」というくくりで人を見て目の前の本人を見ていないということについて、とても気になった。

話をしてくれた人が言っていた「諦めの中での楽しさ」が胸に刺さる。認知症の診断を受けた人たちが集まる場所でやっていた折り紙、ぬり絵、そして最後に大体歌を歌ったこと。「人生終わった」と思って、もう何も出来ないんだと思っていたときに行っていたところで楽しんだもの。確かにそれなりに楽しかったんだ、あのときは。でも、それは人生をすべて諦めていた中で過ごしていたから、楽しく感じたんじゃないかと言う。

何なの?って今なら思うのだと。何で折り紙なの?何でぬり絵なの?今認知症じゃなかったら、毎日そんなことやっている人いないでしょ、やらないでしょ?と。歌だって何で文部省唱歌なの?とか。カラオケ行ったらそんなの歌わないでしょ?と。なぜか、やりたいことをすべてやれなくなってしまったと思い込んで、そのままそこに居たら、さらに「これしかもう出来ないんだ」と思い込ませられるような場所になっている気がしてしまった。

そんなことを感じたときに、自分が支援していた若者の居場所支援を思い出す。これから社会へ戻ろうとしていて、いろんなものをまだ諦めていないはずなのに、あの場所がさらに何かを諦めるためにいるような場所に感じ始めた自分がいたことを思い出してしまった。支援者と支援される側などと、分けることなど最後まで出来ない自分がいたなぁ。つまらないことをつまらないと言えない、支援者が提供した物を楽しむフリをして疲れて帰る姿が見えてしまったこともある。それでも多少は楽しかったのだろうと今ならば思う。それこそいろんなものを諦めに諦めた気持ちの中でも、人と触れ合う時間だけは存在していたはずだからだ。

でも、これってやっていてどうなのだろう?折り紙、ぬり絵、決められた目的の工作を始めた時期にそんな疑問が浮かんだ。支援に入った最初の頃は、自分はもっと毎日ワクワクしていたのだ。今日何をやるのか何も決まっていない中で、その場に集まった人たちでアレやろうコレやろうと話して、一緒に始める。だから何も形に出来なくて、ただずっと話している一日もあった。それでは良くなかっただろうか?

確かに業務を記録する側からしてみたら、何か言葉で示せるような明らかな形に出来たことなどはあまりなかったかもしれない。簡単に言えば、流動的にただ遊んでいたように思う。いろんな人の行動を主観も含めて何かしらの言葉にして記録を残すので、とても時間がかかったように思う。

もしかしたら、場の中で自分だけが楽しんでいたかもしれないが、楽しさって大事で正直な感覚じゃなかろうか。ならば、せめて自分も面白そうなことをやって過ごしたいと思って、取り組んでいたと思う。見るからにつまらないことを仕方なくやるのではなくてね。

けれど、途中から支援者側から予めあてがわれた完成図が最初からあるものに変わり、それを仕上げて行く一日が始まった。参加している人たちは楽しめていたのだろうか。自分自身は少なくとも全然楽しめていなかったように思う。支援者側で予定が組まれるようになって来たときに、自分はその場に集まった人の面白さや魅力を失ったように感じた。仕上げるのが上手な人が優先され、もてはやされ、完成させるものが決まっていて、出来上がる途中で他のことを思いつくなどの意外性がなくなってしまった。

その頃から「居場所に来る人」と支援者という分け方が明確になって来た。支援者側の業務のしやすさが優先されていて、支援者はあくまでも場の提供者運営者であり、時間内に業務をし、誰にでもわかるような実績も残すことが重要視されるというような感じだ。仕事ならば、それはそうなのだろう。けれど、どこか、自分とその場に来る人との間に一線が引かれた感じがした。自分にはそれも嫌だったのだろうな。

まぁ、ダラダラ書いてしまったが、結局は変化した居場所支援について、自分があの場でつまらなかっただけ、という自分の問題かもしれない。でも、居場所に来る人たちが諦めの中で、あの場だったからつまらなそうなことも「楽しい」と感じてしまうのはとても寂しく思う。「アレはみんなでやって楽しかったな」とどこにいても思えるようなことをやっていたかったなぁ。面白くないものは面白くないんだよってみんなが言えている時期は楽しかった。そんなことを思い出していた。私一人だけの楽しい思い出かもしれないが。

今日はこのへんで。