有馬記念の宣伝を見ると、昨年のことを思い出す。普段競馬など賭け事からは無縁なのに、競馬場に行き、ぼーっとしていたのだ。人気のレースだから家族が入場チケットだけ予約して用意してくれたので、一緒に競馬場まで行ったのだ。
その後昼ご飯を買って、別行動。賭け事にハマってしまった友人を連れた家族は、自分と別れて他の馬を見に行ってしまったので、自分はひとりピクニック。競馬場で何をしていたかというと、本当に一人誰にも構われず、ただっ広い公園のようなところで食べたり飲んだりしながら、青い空を見て、光と風を浴び、馬と人間の騒動を聞きながら歩いたり座ったり。何とも言えない解放感があった。それもそのはず、あの場所では誰も周りの人なんかのことは構わない、馬と自分のレースの行方が最大の関心事なのだ。あれだけ人がたくさんいる中で、誰にも気を遣われず、自分も遣わず、無関心で過ごせるというのはなかなかない。大分「人」に疲れていた頃だったから、とても気持ちが良かったのを覚えている。
そんな空気の中で、これからのことを考えていたのだ。自分のココロが求めている生活ってなんだろう、とか。今、一年ほど経って、またそのときとは違うことを思っているはずで、これからのことをぼんやり考え始めている。あのときは支援の仕事に区切りをつけて、親の暮らしの手伝いを増やしたり、好きなボランティアに関わってみる範囲を増やしたり減らしたり、このブログも始めていた。家族が仕事から帰って来ると振り回されて散財しながらあちこち出歩くこともしていたなぁ。ケーキは食べ続けていて、今はなんとその店でバイトをするなんてことにもなっていて、予定外の事だ。あの時期に考えていたことは何だっただろうか。ほとんど忘れている。たぶん、ブログは続けているだろうということは確かだったし、見たいだけ映画を見ることが出来て、本を好きなだけ読んで来た。意外と音楽を聴く時間は減り、物を作る時間は思っていたより少ない。ボランティアでの企画を自分がやっているなんて、ちょっと驚きだなぁ。
書いていて思い出して来たぞ。毎日とにかく今まで見たことのない新しいこと、面白いと感じたり思えることをやっていたいと思っていた。新鮮な驚きとか感動が欲しい、と願っていたはず。どうだろうか?思いついて、やってみたことのないことにも、とりあえず首を突っ込んで、こんな感覚かぁと楽しんで来た。経験や情報でわかったつもりにならず、頭に全く浮かばないようなことに出会いたくて、ワクワクしたもの、興味が湧いたことだけに素直に目を向けて、自分の感覚を満たすことを求めて行く日々だった。
何も、今までと同じことをしないということでもない。単純に物事を続けてみるというのも、自分の内面の変化にワクワクしていた。どうせ同じ日などないのだ。似たような日が続いても、それは自分からそう見えたり、感覚が鈍っているだけだということに気が付いた。変化の無い人生などあり得ないんだなぁ。鈍いときは鈍いなりに、だ。
この先、また何をやるかは、そのときその都度で。自分の気分を大事にしたい気持ちは変わっていないかもしれない。何か刺激が起こるたびに、どうせ乱れまくるんだよなぁ。構えていても仕方がない。ああ、今日もブログで書こうと思っていたことと違うことを書き始めてしまった。今日は宅配便の人は年末年始も笑顔でたくさん働いていてエライな~と思ったことを書こうとしていたのに、PCに向かったら違うことを書いていた。そんなもんか。
今日はこのへんで。