すべてのことがスッキリするはずが、よりモヤモヤした関係へ進展することもあり・・・ってまさか告白?

空腹というのは人を愚かにさせる。いや、自分を愚かにさせるものだ、というくらいに思っておけば、大事な場面で判断を間違うことが減らせると思う。昨日は朝ご飯を抜いたせいで、一日中ひどかった。食べてもすぐお腹が空き、頭の中は「食べ物はないか」と探していた。ちゃんと食べたはずなのに、夜寝るまで何かを食べたい衝動にかられ続けた。恐ろしいものだ。

だからダイエットなど出来ない。一食を抜かすなどという行為は、その他の諸々の用事を忘れてしまうことに繋がり、しかも「食事が足りていないんだ。」という意識が常に頭に巡り続ける。ダイエットでカロリーを落とすならば、いかに自分を騙して食事の量を減らすか、に尽きる。

見た目に騙されやすい脳の特性を活かして行うダイエット法があるのを目にしたが、とても納得する。広く浅く大きな器に盛るだけでも、総量が多く見えるから、食べていて減らされていることに気が付かないらしい。逆にどんなに増やされていても満腹になかなかならないというのも然り。実験で、小さな器の底下からずっとスープが継ぎ足されていることに気が付かないで食べ、ひたすら延々と食べ、実際に摂取した量はかなりの量になっているにも関わらず、満腹にならなかったそうだ。頭は「まだ食べきっていない」と理解してしまうのだな。満たされるのは、目に見える経過であって、胃袋ではないらしい。

そんな人の特性を知り、いかにたくさん食べているか、満腹だよなと思わせるかが適正量を摂取するために大事なのだろう。減らし過ぎず多過ぎずちょうど良いが良い~。まぁ、昨日は完全に一食抜いている訳だから、どう足掻いたって自分を騙せないよな。結局食事で自分を満たすことはあまり出来なかった。一日経ったせいか、昨日の食への衝動のようなものは大分落ち着いた。でももしかしたら、今日高カロリーの食べ物を自然と所望しているかもしれない。気をつけねば~と言いつつ、やっぱり食べてしまうだろうな。今も○○の店のパフェが頭の中の8割くらい占めている。

話は変わるが、昨日近所ですれ違った人のこと。見たことがあるなぁと気になって後ろを振り返ったら、相手もこちらを二度三度振り返っていた。おお!今は無くなってしまった駅前の和菓子屋さんの奥さんだ。店主がまだ若かったのに急に亡くなり、その後店をたたんで、福祉職に就いて子育てしていると話したのはいつだったか。まだ福祉職を続けているとのことで、これから夜勤に出かけるとのことだった。子どもも大きくなり、頑張って来たんだなぁ。ちょっと立ち話をして「これからも元気で頑張ろう!」と別れた。

こんなふうに、ちょっと気になったときは振り返ったり、なんらかの気になっているという小さな表情を出すと、相手からも同時に出て来たそんなしぐさから、忘れかけた縁が急に現れる。面白いものだなぁ。違ったら違ったっていいじゃないか。実は全然知らない人が、それをきっかけに知っている人になったりすることもあるかもしれないし。

昔、仕事の先輩が毎朝すれ違って会う人で知っている人のような気がする、だから挨拶はしているんだけれど・・・と言っていて、その後誰なのか思い出せず気になってしまって実際に声をかけたことがあった。で、これで面白い話に発展するとなんだかとてもキラキラしたエピソードになるはずなのだが、そうではない。実際には、朝顔を見る以外は全く接点のない知らない人で、ただ相手の方がかなり前から「毎朝会う人だな」と思っていて、先輩からある時期から挨拶されるから挨拶を返していたらしい。

わかったことは、先輩が相手を認識するずっと前から、相手の方が認識していたということだけ。その後先輩が挨拶して来たから、相手も「誰なんだろう」と不思議になって、より気になっていたようだ。人って意識されていると、気になるものなんだな。

実際に声をかけるなんて、なかなか出来ないことだけれど、確かめたことで「全く知らない人だった」とひとつすっきりしたのは間違いない。しかしその後の関係は発展せず、ある意味顔を会わせればモヤモヤする関係になっていた。それでも、みんなでご飯食べるときの話のネタにはなって、かなり笑わしてもらったからいいのだ。人の出会いはどこか滑稽な要素があって、やっぱり面白い。

では今日はこのへんで。