畑から夫婦の会話が聞こえる。「チョンチョンチョンした?」「綿棒だけした」「わからないから自分で見て」「全部倒れちゃって」「イチジクはだめだなぁ」とか。野菜の受粉とかのことかなぁとか、昨日の雨風でダメになったことかなぁとかのことだろう。自分から盗み聞きしているわけでもないのに勝手に飛び込んで来る会話だ。私の家の周りには家族で住んでいる人が多いので、朝からたくさんの会話が聞こえてくる。
夕方になると若いパパママと子どもとの主張大会のようになって来る。子どもは泣きも入れて訴えるし、親は少し怒った声で正論を返して行く。そうかと思えば、強い日差しを避けている老夫婦の静かな静かなお出かけの足音が聞こえて来るし、独り住まいのご長寿さんが夜半まで仲間とお酒を飲みながら討論しているどんちゃん騒ぎも聞こえて来る。ウッディ・アレンがこれを耳にして、群像劇を書いたら何か面白い物が出来そうな気がする。いや、私は今そんな劇中に住んでいるようなものだ。みんなそれぞれにドラマがあり、生き様を見せつけられている。
今の私のドラマは何だろう。他人目線で試しに見てみよう。周りの人が噂話をしているみたいに。
一人暮らしになったと聞いた。最近は朝出勤していないらしくて、でもあちこちへ出かけているのを目撃するし、挨拶することが多い。家にいるときは大体ピアノを弾いているのが聞こえる。歌も歌っている。どうやって暮らしているのだ?という詮索もしたくなる。けれど特に困った様子もなく、会ったときは世間話をしていて、ボランティアをたくさんやっているらしいと聞く。離れて仕事に出ていた家族が定期的に帰って来たり、別に暮らしている家族がひょっこり顔を出していて、よく話をしているのが聞こえる。誰かが家に来ると楽しそうだ。度々お菓子を焼いている甘い匂いがする。柿の木があるが、大量に成るから周りに配る時期がある。編み物をしているらしいから、家に残っている毛糸を渡したら消化してくれるだろうか?以前道路で変な虫を見つけて子どもたちと集まっているところを通ったときに、これ何の虫?と聞いたらすぐに「ああ、これは○○だよ。」と言っていたが、なんか虫に詳しいみたいだ。ピアノを弾いていると家にいるのがわかって、畑の人から「○○さん、居る~?」と名前を呼ばれて野菜をもらっているようだ。「ピアノの音を聞いて育つここの野菜は贅沢だ」「モーツアルトを聞かせると植物の育ちがイイっていうから、育ててもらっているようなものだね」と言われていたぞ。
とか。ドラマじゃないな。自分の状況?目の前で聞いたことや起こったことしかわからないから、他人目線風に書いたというだけになってしまったなぁ。自分のことは、他人からの目など本当のところはわからない。見えない他人のことを想像して気に病むよりも、結局は自分に起こったことを見てどうするかしかないのだろうな。自分は楽しそうにやっている、というのはわかるかも。否定はしないなあ。
今日は涼しくなく、暑くなるようだ。アボカドが昨日の雨風で、ぐいーんと曲がって太陽に向かって伸びている。まるで私の背骨みたいだ。どうでもいいが、実をつけろ~。そう思っていると音がして来た。ぎゅーん、ぎゅーん、ががが。「これは夏の風物詩だから」と草刈り機で大きな音を出しながら雑草を刈っているご近所さんが、会う人会う人謝りながら言っている。そうか、これは夏の風物詩か。確かに。何だかまるで切り取った素敵な画の中にいるのは自分もなのか。
では今日はこのへんで。