家事も子育ても介護も仕事も放って、さて何をしますかねぇ。

毎日のように熱中症の人が続出しているようだ。今26度位。湿度も50%。今は快適。これが今日はプラス10度近くまで温度が上がるという。暑くなると大変なのは人ばかりではなくて、庭の植物も暑さに耐えられるものばかりではないようで、一度刈り取りした後の雑草ですら生えにくくなっているようだ。アボカドやミョウガはぐんぐん伸びているが、他は水分の取り合いに負けているのか、日差しに負けているのか。少し折れて小さな傷を持った植物は枯れ続けている物もある。今の庭は、残った植物が自身のために日陰をせっせと作っている感じだ。

道を歩いていると、住宅街の違いで温度差があるなあと感じる。生け垣があるお宅の横を過ぎるときは、植物が呼吸をしているせいなのか、とても涼しくひんやりしているのだ。自分の家の周りは古い家が多いせいか、生け垣を作っている家をよく見る。防犯上植物で視線を遮るように家を取り囲むと、他から見えなくて良くないと言われるようになってからは、大分低めの高さにしたり、下の方に隙間を作ったりして、視線が入るように工夫されているみたいだが、無くなることはなくまだ多く残っている。生け垣が無くても、庭に植物を植えている人が多いので、朝夕のどちらか一回位は水を撒いている人も多い。熱くなった町の土が一旦冷やされることが自分の周りでは多いのだろう。

反対に実家がある住宅街へ行くと、新しい家が多く立ち並び、庭を持つ人が少なく、土地を目一杯使って家屋を立て、駐車場になるスペースのみが残り、そこには植物はほとんど置かれない。土地の区画の取り方が狭いというのもあるのかもしれないが、そもそもの家の使い方が違うのかもなあと感じる。庭を求めて家を買う人が少ないのだろう。庭を造る人より、駐車スペース優先か?その間を進むとものすごく暑い。道路の熱と、エアコンの廃棄熱が重なっているのだと思うが、どこに行っても空気が熱く感じる。こんなに住宅街で違うのかと最近になって気が付いた。

あの熱はどこに行ってしまうのだろう?熱を昼間吸収し続けているコンクリートで固められた駐車スペースだけでも、周辺の人たちが一斉に打ち水をしたら、かなり涼しくなるだろうにと思ってしまう。どこかで「そんな暮らし方は出来ない」「無理だよ」と言う声が聞こえてきそうだ。きっとそうなのだろう。みんな働くのが優先だ。生活が出来ないから、働く。そりゃそうだ。でもきっと、今みたいに働かなくて済んだとしても、庭を造る人は少ないだろうし、打ち水なんてしないだろうなあと思う。やりたいことが他にあるのだろうなぁと見ていて思うのだ。

これから子育ても介護も家事も外注で、どんどん自分の時間が出来るはずなのだ。そのとき、自分にとって、もっとも優先することは何だろう。働くことなんてしないで時間が出来たら、何をみんなやるのだろう?やりたくないことをみんな他人に任せたときに、どんなことをやって自分を楽しませるのかなぁ。それこそ、楽しみさえ他人任せであつらえてもらうのだろうか。他人に頼むと、きっとお金がかかるから、また働かねば~というループ陥りそうだ。たぶん、みんなまた働きたいと思って、さらに働くのだろうなぁ。結局は何よりも仕事が好きなんだろうな。私はちょっと無理だなぁ。嫌だなぁ。

では今日はこのへんで。