親の「良かれと思って」はそのほとんどが子にとって「大迷惑」という予想です

この一か月ほど、親の金銭感覚が良くなったわけではないけれど、自分に向けて吐く暴言がピタリと止んだ。何がきっかけになったのかと言えば、一か月ほど前に親に伝えたひと言ではないだろうか。「まともにお金について考えていた時期のアナタから依頼されたことを遂行している」だけで、自分は今も約束を守っていると伝えたのだ。親もその言葉を受け止め、考えたのだろう。自分のお金なのに遣わせて貰えないと愚痴をこぼし、怒鳴ってばかりいた親からの電話がピタリと止んだのだ。

昨夜、次の一か月分の年金の受け取り予定を決める電話が親から来た。そのときも口調が大きく変化していたように思う。まぁ、結局相変わらず遣っている額はあまり変わらないのだが、その中身はかなり改善したんじゃないだろうか。

ここ一か月、今まで何も考えずにただ買い足してばかりいた買い物を、何をどの位買い物するのが自分にちょうどいいのか様子を見ながら生活していたようである。無駄が多く出ていた猫の餌の量も猫の様子を見ながら変化させていた。もう少し増やす、減らす、という微妙な量でも、ただ習慣として与えていたのを止め、餌の実際の効果をちゃんと見て、その都度買い物する量を決めたようだ。ただ何となく習慣で買っていた物を今後も買うべきものなのかを見て、考えて、というのはとても大切である。

自分が遣おうと思った物に実際にお金をかけると、自身のお金を遣いたい気持ちに応えていることになり、気持ち良くお金を遣えるはずだ。嫌々遣うのとは違って、「ちゃんとお金を遣っている」という感覚も残るのだろう。今まで親からは度々言い訳のように「仕方なく遣った」というような感じの言葉を聞くことが多かったのだが、今回はその言葉を今のところ聞いていない。

今日は頼まれた買い物をして、お金を届けて帰宅した。残高と今後一か月ほどの予算も伝えておいた。記帳したときにガス代電気代がやたら高いことに気が付いたので話を聞いてみると、どうやら同居しているキョウダイが風呂に入る予定時間に親がわざわざ風呂を焚いていることがわかった。ところがキョウダイは他の時間に入っているようなのでそのときに再度風呂を焚いている。だから結局丸々一回分の風呂を沸かすガス代が無駄になっていることがわかった。もしかしたらその間の点火し続けている電気代もかかっているから、ガスも電気も通常の2倍かかっていることになる。その行動は無駄だから止めた方がいいと伝えた。

親はあまりいい顔をしない。親がその行動を止めないだろう。止めない理由が見えて来てしまった。恐らく、親がキョウダイに対して何かをしてあげたいという気持ちがあるからだ。それぐらいしてあげたっていいでしょ、と言われそうな小さな行為。小さな行為に見えるが、いくつもあるのだ。こちらから見ると、無駄になっている行為のほとんどが「親が子にしてあげたい気持ち」が根っこにある。

大抵の親は子が生きやすいように少しでも何らかのことで援助したいものだろう。とは言っても、大きくなって来た子に親がしてあげられることと言ったら、子が自立したいと思っているうちに自立が出来るように手を放すことだと思う。そうでなければ、子からは上手く手を放せなくなってしまう。自分の親はキョウダイに対してそれが出来ず、タイミングはとうの昔にすでに逃してしまった。

子であるキョウダイからしてみれば、あれこれ今も心配もされて援助され、いつまでも自立をしない子だ、一人では生きられない子だと親から思われていること自体が屈辱的だろうなぁと思う。援助されればされるほど傷つき、憤りを感じるのだろう。同時に、その親の行為に甘えて生きて来てしまっていて、もはや自分では身動き取れない状態にもなっているねぇ。親といると常にイライラしている様子があるのはそのせいだろうなぁ。

今はすでに、親が子に「してあげたい」ことをやったとしても、報われないでいることばかりだ。今回の親が風呂を沸かすという行為も、その他の行為も、キョウダイには何も受け止められていないよな。自分にはそう見える。それが事実だと思うのだが、親にはわからない。してあげたいことを受け止めてくれる相手ではないのだといつかわかるものなのか?わかったところでやり続けるものが親なのかもしれないけれど。子が大人になって自分の意思とは関係なく「親が子にしてあげたいこと」を受け止めることが出来るようになるか、親が手を自ら放すことが出来るようになるか。どちらかが先になるか、死ぬまでならないか。

どうせだったら、もっとキョウダイが望んでいるような「して欲しいこと」や利益があることをやればいいのにと自分は思う。今の状態では、何かをやっても相手の迷惑にしかなっていないのでは?いや、相手にはかすりもしていない。とことん無駄だなぁ。まぁ、親の家計のことだけを自分は心配していよう。これも無駄かもしれないな。

では今日はこのへんで。