少しずつ歩く範囲を広げて歩いている。一緒に歩いている家族から、スピードが変わったと言われる。早くなったそうだ。ほとんど今までと変わりなく歩けている様子。自分の中ではまだ足がどう動けばいいのかわからないときや、力が入らないで困るときもあるが、少しずつ視界も広がって来て、顔を上げている自分がいることに気が付く。すぐに動く、というのはなかなか出来ないが、反応が少しずつ早くなって来ているのだろう。下りの坂道で後ろの筋肉を動かして行くのにも慣れて来た。下りの階段も関節が上手く使えないし、固まった筋肉が動かないせいで、変なタイミングで動きながらだけれど、何とか手すり無しでも下りることが出来るようになって来た。傷口が突っ張ることもほとんどなくなっている。傷口に当てていたガーゼに血が付くことも少なくなった。やっと傷口がくっついたのだろう。傷口からの感染症も起きなかったようで、ひとまず安心だな。
ただ、夜になると足が片方だけむくむ。循環は悪いようで、ほんの少し長く座っていると傷口のある足が動きづらくなる。固まってパンパンになりそうになって、動きが悪く色も悪い。だからと言って動かさないでいるより、軽く2、3回体重をかけて伸ばしたり縮めてみたりすると、足そのものが軽くなって、色も変わる。生き物は動いていてナンボなのだなと思う。
今までの数日間家族に代わってもらっていたことを、自分で率先してやるようにした。伸びたり縮んだり、重さをかけたり。感覚がなくて大変だったものも、緩やかに感覚が繋がっているから、違和感がありつつも動かしている。動かしている方が自分の体の一部として機能して来ている感じがする。「足を上げる」というひとつの動作を取って見ても、いちいち一瞬考えずに動かせるようになった。痛みが起こり得る動作に躊躇していたのが、その怖さやためらいが無くなったのだ。自分の体の感覚がちゃんと答えてくれているなぁと思う。
体にまだ痛みが起こったり、傷口が開く危険があるときは、固まりこわばっているけれど、それらの危険を感じなくなった途端に体の筋肉も緩んで来たように思う。体重という負荷をかけずにぶらぶらした無重力に近い状態で、まずは手を使って足を動かしてみたり、伸ばして回してみたりして来た。これは出来る、まだ出来ないというのを少しずつ取り組む。ほんの少しずつ動きやすい体に近づいて行くのが実感出来ている。
スーパーボランティアの人がそう言えば言っていたことを思い出す。「達成するには準備が大事」だそうな。自分もいきなり普段通りの動きに戻ることをやらずに、出来ることを増やして日々過ごして行くのだ。いきなりトップスピードで動く、なんてことはやらない方がいいのだろう。早くちゃんと動きたいなら尚更だ。安静にしている時間は終わりで、一部筋トレしつつ、リハビリのようなことを毎日しているところだ。
そんなとき、一緒にいる家族が「お腹が痛い気がする」「目がかゆくてたまらない」と言い出した。二人して怪我人のような姿で道をのろのろ歩く。一人はお腹を抱えて辛そうに歩き、一人は足を引きずりながら歩く。夕方暗くなった人気のない街を二人で歩く姿はなぜか滑稽。そんなに痛みを抱えてなぜこの寒い暗闇を進む?いや、ごく普通に食料の買い出しなんだけれどね。冷蔵庫が空っぽだから…。生きているのって、何だか辛くて一生懸命だからこそ、笑える瞬間が訪れる。
では今日はこのへんで。