伸び下がれ、の行く末は、来月まで待て。

伸び下がって~、という言葉。確かに普段聞かない。使うなら伸び上がるだ。地球と反発して行く力の方がなんとなくプラスに聞こえるし。でも、この言葉はピアノレッスンのときに大真面目に言われたのだ。ピアノレッスンだというのに、いつも新しい言葉が生まれる予感が大いにある。言葉に反応して笑い転げていることも多い。今の先生のところでこうやって笑っているからこそ、長い間レッスンを続けられているのだ。今日は自分は弾かないが、同じ教室の「緊張して弾く会」という発表会のリハーサルのような会を見に行った。

自分が弾くわけではないから緊張がないはずなのに、なぜか緊張している。しかも朝からだ。午後からだから、それほど慌てることはない。けれど、駅から会場までの道程はぼんやりとしていて、右へ左へどちらの坂だ?という記憶。そのせいだな。会場に着くかどうかが心配で体が緊張しているようだ。一応調べて地図を頭の中に焼き付けておいた。観光地だし、よく遊びに行っている近所だ。方向さえ合っていれば、ぶらぶら進んで辿り着くだろう・・・と思ってはいたが、電車を降りて改札を出る前に、ついでに迷ったときのためにトイレも寄る。道で迷うとトイレを探すのは大変なのでね。迷子になる前の習慣だ。○○になるかもしれない、という不安を回避しておく準備は大切だ。よしよし、準備万端。

改札を出て行くと、会場まで上るにはエレベーターもある。発表会でなじみの顔がエレベーターに乗り込んでいくのが見えた。追いつかないし、会場で会うよなと思ったので、そのまま自分は近くのエスカレーターを使う。上まで上がると会場に続く道がまだある。観光地ってすごい。行き先案内があるのは当然かもしれないが、ちょっとした坂道を上るためのエレベーターやらエスカレーターがあちこちあって、ほとんど自分が歩いたり動いたりしなくても目指す場所へ着いたりする。

さっき見たなじみの顔は、やっぱり先にどんどん進んで行ってしまったのか姿が見えない。と思ったら、向こうから急に近づいてくる姿が見える。どうしたのだろう?表情も暗い。「こんにちは。」とこちらが声をかけると、「あれ?出演終わったの?」「いや、今日は弾かないんで聴きに来ました。」「そうなの?いや、あれ、どこかなぁ。」と困っている様子。会場に向かい途中まで行ったが間違ったと思って、駅まで戻って道順を最初からやり直そうとここまで戻って来たらしい。

こっちで合ってますよ、行きましょうと言って、一緒に進む。実は会場の目の前近くに立っていて、入口が視界に入っていたにも関わらず、急にもしかしたら違うかもと不安になって見えなくなってしまったようだった。もしかしたら自分も同じ目に遭っていたかもしれない。たまたま、先に相手が不安にかられていたところに出くわして、自分は途端に冷静になったような気がする。だから自分が会場をすぐに見つけられたのだと思う。

もし自分の方が先に進んで出ていて、迷ったと思って戻っていたら、きっと相手は冷静になって入口を見つけられたかもしれないのだ。人のことは笑えないなぁ。立ち位置が少しズレるだけで、心持ちが変わる。ほんの少しの違いでだ。しかもたまたまなのだよなぁ。

会場では、リハーサルをしているところから見た。私は今日は見て聴いて学びに来たのだ。じっくり見る。上手い人ばかりの教室だが、この「緊張」とどう付き合うかは、皆同じなのだ。だからこそ、誰もがこの会に参加しているのだ。見ていて気が付いたのは、リハーサルの間は手や指が震えているのが見える。肩も言葉も硬い。鍵盤に必要な重さが乗り切らない触れ方をしているところでミスをして止まったりしている。みんな同じだよなぁ。自分の本番が終わるまでは緊張の言葉が漏れ続けて、かと思うとその後は息を潜めているかのようにじっとして順番を待っている。そして自分の番が終わると体中の緊張がほぐれているのが見て取れるくらいだ。

普段自分も参加しているときはそこまで気が付けない。緊張している自分にずっと集中しているからだ。たまにこうやって同じ発表をしている人たちの様子を違った状態で見てみると、自分のことをむやみに比べなくて済むのではないかと思う。

「他の人は上手いから」とか「緊張しないんだな」とか「もう完璧に弾けるのだろう」とか、勝手な想像ばかり浮かんでは自分が弾けないかもしれないときの言い訳が出る。それで開き直って上手く行くこともあるけれど、あまり良くない。また違った緊張を、自分で追い打ちをかけるようにしてしまうことも多いのだ。

だから、こうやって誰でも緊張したり、上手く弾けたらいいなと思ってピアノに向かっていることを知るのは自分にとっていい体験だと思う。どんなに素晴らしいことが出来ている姿を見せている人だとしても、同じように大変さを抱えたり感じたりしている。自分ばかりが大変だ、なんてそんな訳ないのだ。

最後に弾いていたレッスン生も、普段はプロとして活動している人なのだが、表では見せていない姿をここでは見せる。リハーサルであまりに緊張してしまい、本番とは違う他の曲を弾いて自分自身を落ち着かせていたようだ。こちらとしては素敵な演奏をいくつも聴けてラッキーだったが、本人は相当大変だったのではなかろうか。

他にも、いつも素敵なショパンを弾いていて、止まったのを今まで見たことがない人が急に真っ白になって止まってしまったのもあった。弾き直しても進まない。そばにいた人がピアノの側まで楽譜を持って来て、先生から手渡されても、ページをめくり何度も弾き直すが上手く行かないのも見た。暗譜で長い大曲を弾く人ですら、そうなのだ。だめなときもある。緊張もする。頭真っ白。えいやっ!と気合を入れ直して弾いて、やっと音が出て来て流れが戻ることだってある。そんなものなのだ。

ここまで書いていて、今日は伸び下がる~を練習していない自分。午前中から庭の草取り、地域食堂へ顔を出してリサーチも兼ねて初対面の人と一時間ほど会話をして、その後ピアノの会へ。朝の草取りする前に一曲、それも一回しか弾いていない。明日はまた悪天候らしいからピアノの練習だな。来月は自分も本番がある。うぉ~。指よ、伸び下がれ~!

では今日はこのへんで。