昨日レジで並んでいるとき、後ろから声をかけられた。知り合いが珍しく昼間一人で買い物に来ている。今日仕事どうした?と聞くと、どうやら隣の県で一人暮らししている家族がぎっくり腰になったそうで、「とりあえず米だけ買って来て」と頼まれたから休んだそうだ。蒸し暑い中、バイクでこれから米を担いで向かうとのこと。暑いから気をつけて、お大事にと声をかけて見送った。
若い人もぎっくり腰になるんだよなぁ。この時期が何となく危ない気がする。ちょうど湿度も気温も上がって来て、水分も不足して、何もしてなくても疲れ始める頃。ぎっくり腰、ということまではないが足がつったりするのもこの季節からが多い。気をつけねば~。
そうそう。それこそ、この暑さと湿度でとにかく疲労がたまる感じだ。昨日はピアノの練習をして、少し庭仕事をした後、他は映画をテレビで2本ほど見てから図書館に行き、ほんの少しの買い物を済ませたら、もう他のことはどうでもよくなって風呂に入って夕涼みして寝た。食事も「こんな暑い日はお祭りのときみたいに」という気分で焼きそばを作った。温野菜のサラダと玉ねぎの酢漬けが付け合わせ。焼きそば用に肉をしっかり焼いたにも関わらず、肉は食べず残して、他の具と麺を食べたらもういいかなぁと。訳の分からない疲労感のときは途端にタンパク質が食べられない。豆乳だけチビチビ飲んではいるが、肉は勢いがないと食べられない。今度は焼きながら食べてしまった方がいいかもしれない。食べたくて焼いたのになぁ。焼いたせいで硬くなった肉は後で何かと一緒に煮込むしかないなぁ。美味しいタイミングを逃し、ちょっともったいないことをした。
自分の年齢では、タンパク質が必須なのは重々承知で、動物性も植物性もどちらもどうにか取り込んでいる。そこで小豆が登場する。小豆には食物繊維が豊富なだけではなく、タンパク質も豊富なことを知った。あんこを作る際に少し捨てていた汁を取っておいて、冷たくなった米を煮込むのに使ってみた。味はお赤飯風だ。なので、今は小豆を煮て少し汁と共に取り置きして、これを冷えた米と一緒に煮て、日々おかゆ風にして食べている。
実のところ、おかゆは好きではないのだが、お赤飯ならゆるくても冷えても食べられるのだ。子どもの頃小食だったが、お赤飯だけは食べられたという自分がいた。その頃すでに自分にとって必要不可欠な食べ物を自然に好んで食べていて栄養源になっていたのだなぁと思う。自分にはとても摂取しやすいタンパク源だ。素晴らしい。これで毎日摂取していたところに、「この小豆の農薬がひどい」とかニュースが流れませんように~。
暑さがひどくなって来た。昨夜窓を開けて涼んでいたが、これから年齢を重ねたら防犯上も気をつけて過ごさなくてはならない。どうせどこかに住処を移す気がないのなら、この古い家を修理したりした方がいいかもしれないと思い始めた。一緒に朽ちようと思っていたが、それはどこか投げやりだったり、家が古くなって壊れて行く変化を認めたくない気持ちもあったかもしれない。壊れないでくれ、と思ってもダメだろう。いつかは壊れて行くのだ。現実を直視していなかった部分も少しあるなぁ。台風で飛ばされてしまったり地震で壊れてしまうこともあるかもしれないが、それよりも自分が手をかけてあげた後に壊れたら嫌だなと怖がっていたんだと思う。まるで恋愛のようだ。一歩踏み出せば今までのいい関係が壊れてしまうこともあるから告白出来ない。そんな感じか?
違うだろ~という声が聞こえてきそうだが、私が「そろそろだなぁ」と声をかけた電化製品たちがことごとく次の瞬間壊れたことを考えると、ちょっと怖いのだ。物が本当に力尽きてしまうのだ。ほとんど気力で立っているのだろう。いい声のかけ方を考えねば。なんだか物も人も同じだなぁ。
今朝、少し二股に分かれて大きくなった庭木に剪定を入れた。「今切ることになってごめんよ。私がもう少し判断が早ければこんなに大きく育っていない内に切れたのになぁ。すまない。」と声をかけた。判断が早ければ、下手に成長しすぎた大きな枝を切ることにならなかったはずなのに。他の残した一本の枝を中心にいい成長が出来たはずだった。枝を張り、実をもっとつけられただろう。もうそれも仕方ないことなのだ。これ以上先延ばしするよりはいいかと思って今日切った。決断を先延ばしにした結果を今背負う。きっと自分も庭木も今がタイミングだったのだと思うことにした。
では今日はこのへんで。