強制ごゆっくりタイマー発動中

先週は体調を崩してしまい、連日入っていた予定を2日キャンセルした。ピアノの発表会前だったこともあって、リハーサルもキャンセル。本番に出られる方がいいと思っての判断。丸々2日は休めると思っていたら、同じタイミングで家族が熱を出し、インフルエンザにかかってしまったため、家事等の諸々を引き受ける羽目になる。だが、外へ出て遠出するとか、人との距離感を調節しなければならないような神経を使うような場所へ行くことに比べたら、大分気持ちも体も休まったおかげで休養になったようで、自分自身は高熱も出さずに回復した。薬や食事をとることよりも、じっくり休むのが一番だねぇ。よく眠ったなぁという感じになってこそ、元気な一日が始まるのだ。

そういう意味では連日予定が詰まっていたこともあって、11月に入ってからというもの、次から次へと流れ作業のように頭と体をフル回転しながら動いていた。だんだん朝起きるのがつらくなる感じが今になってわかる。目が覚めたときに「まだ眠たいなぁ。」と思った日が何度もあった。

この「まだ寝ていたい」というのは、結局のところ単に「寝不足」ということももちろんあるが、その日の予定について、どうでも良くなっている今の自分に気がつくポイントだろう。優先順位が寝ることなのだから、意識など失って、何もしたくないってことだ。睡眠は取れているはずなのになぁ・・・というときは、その予定が自分の中でやりたくないことの位置づけになっているのだ。

振り返って見ると、自分はやることが多過ぎてキャパオーバーであった。睡眠を削りつつやっていることが多かったように思う。頭が動き過ぎて寝付けない、なんてことがあるときはすでに自分のキャパを越えている。眠くないから寝ないでやっているときは、短期間なら仕方ないところもあるけれど、長期間になっているとしたら、自分自身の判断力を失い、優先したいことがすでに出来なくなっている状態だろう。

やりたいことが消化出来ず、寝つけない寝不足が重なり、体も頭も休まらず、もう「どうでも良くなって来たぞ。」という境地になる。一番嫌な状態である。ボランティアしかしていなくて、ケーキ屋の手伝いをちょこっとしかしていない自分であってもこうなのだ。自分はそんなときに大抵体調を崩して寝込む。無理が出来ない体は自動的に休まされる。おお、自分の体ってなんて便利に出来ているのだろう。活動を強制終了させるスイッチがちゃんといいタイミングで入っているのだなぁ。

無理が利かないと嘆いていたこの体は、もしかしたらとても健康体質なのかもと思う。リミッターが外れて壊れている人、いや、わざと自分から壊す人の方が多いだろう?自身で健康体質じゃないようにしているよネ。無理して動かないとこの世界では生きて行けない!と言う人の何と多いこと、多いこと。動くのは生きることだなぁと思う自分ではあるけれど、70%位で動かないと、どんなに性能が良い物もほんのちょっとのきっかけで壊れてしまうことになる。危ないよ。

走るのならば常に全速力ではなく、余裕がある力で走るのだ。リミッターを外して走るのは成長していくための挑戦をする短い期間のみであって、毎日ではない。日々やることは、ほど良く走って、いかに70%位の状態の質を十分に機能させて行くことなのだろう。

そんなことを考えている自分は、この11月はひとつのボランティア団体から去ることを決めて、最後の短期間だと思ってこなしていた。自分の大切なものとはなんだろうとか、より優先したいものはコレとか、明確になって来て気持ちの整理がついたように思う。その団体活動を続けて行くことだけがいいとも思えなかったこともあり、自分の「誰かの役に立ちたい欲」を満たす条件はどんなことだろうかと考えて出した答えは間違いではなかったかなと思う。団体に入っていると、公共の場所で直接意見が言えたり届いたりする利点はあるし、提供される情報量は確かに多くて知らないことを知る機会になるが、義務のようなものも発生している点で、自分にとってのボランティア精神が削れて行く感覚もあったことも考えると、今後自分は自分のペースで、適度に活動して行くのがいいなと思えた。

同じタイミングで去る仲間が他にもいて、結局のところ、とても忙しい暮らしをしている中で活動をしている人が多かった。忙しい人がより忙しくなっている。他の人のことを考えてしまい、それならば少しは役に立てるかもしれないと思い、自ら引き受けてしまうからだ。けれど、そういうところに集まる人は、さらに忙しくなり、身も心もボロボロになることも多い。キャパは入る前からオーバーだった、なんて人が実は多いのだ。見ていると倒れそうな人はいる。睡眠不足で車の運転は大丈夫だろうか?と思った人もいたなぁ。(そして残念なことに、実際に事故を起こしてしまった人がいた。)

暮らしの中で手が空いた人が常に交代するように入ってくれるのが望ましいが、なにせ自分自身のことで精一杯な人が世の中は多いのだ。そりゃそうだ。なかなか出来ないことだよ~と人から言われて来たが、それが続けられたのは仕事を辞めて時間を作り、「ボランティアをしよう」と思っていたからこそ、出来たことなのだと思う。貴重な体験だった。

時間に余裕があり、活動すること自体が生活の中心に捉えられ、充足出来る人は、是非ボランティア団体に所属して、年間を通して常に活動をして欲しいと思う。出来そうな人が出来るタイミングでやれば、上手く回って行くだろう。けれど、人生の中で忙しい時期に無理にやるものではないからね。家族関係が破綻したという人もいるし。大切なことや大事なことはいろいろある中で、より大切にしたいものをしっかりと大事にしつつ、その余裕の範囲で活動をいろんな人がやる、というのが望ましいな。なーんにも出来ない、どうにもならない時期があるというのを前提に。需要があっても、供給が出来ないということが実情だよ。今は出来る、今は出来ない。どちらも有りなのだ。

無駄に長くなった。では今日はこのへんで。