保存食というのは食べ物を長く保つ意味があって行うものではあるけれど、なるべくなら旬の物を旬の時に食べるというのが無駄がない食べ方だな思う。冷凍食品のような物、いわゆるチンして食べる物が多過ぎて、何だか変だなぁと思い始めた。これってわざわざ二度手間をしているってことなのだ。エネルギーを使うのが最初に作ったときであり、二度目は冷やすとき。そして手に取ったときに温めるので、もしかして3度も?長く品質を持たせて食べるというよりも、手軽で便利な食をわざわざ買い求めて食べていることが多いような気がしている。なんか変だなぁと思う。
まぁ、人の暮らし方がそうだったとしても、自分はどうだろうかと振り返ってみた。お茶を沸かして飲む際に、夏場は沸かしたお茶を放っておいて適度に冷めた頃飲んでいた。これはそれでいいのだけれど、冬場に向かって行くにしたがって温かい物を飲みたくなるのだが、大量に沸かして置いておくと勝手に冷めてしまう。冷める前にポットに入れておくが、ポットに入らなかった残りは冷えてしまい、飲みにくい。そのため再度温めてしまっている。これってもったいないよなぁと気がついた。
温め直して食べる、ということが自分には他にもあった。米を炊くときは、一度に2食から3食分を炊いている。自分と家族の朝食分と昼の弁当用、そして夜の一人分のご飯だ。昼まではそのまま食べるが、夜に食べる一人用のご飯はホイルに包み冷蔵庫へ。冷えた物を夜に再度温め直して食べていた。これって温かい必要が本当にあるのか?昼だって弁当に詰めた冷たい米でも何も気にしていないのになぁ。自分で普段気にもせず温め直していたが、実のところ、必ずしも温めなくてもいいのだ。習慣とは恐ろしい。「温めて食べる」、ということを当然のようにやっていたようだが、改めて考えて見たら、どっちでもいいことだったのだ。こんなことがいくらでもあるのかもしれないなと思う。
体に食べ物を入れるときに「温かい」物を食べるというのは確かに栄養の吸収等消化が良くなるだろうし、体にいいのかもしれない。けれど、全部が全部当然のようにやることは自分には必要ないだろうな。自分の暮らしでは何気なく温めていた茶やご飯があったから、それを減らして行けば家のエネルギー消費が少なくなるだろうなと思う。家のエネルギーを少しだとは言え、消費することに変わりないのだから、確実にその一回が減ることになる。1ヶ月だとその30倍だ。これは大きいな。
それにしても世の中の「食」については加工されているのが当たり前になっていて、保存ばかり優先しているのだろうか。美味しいものを保存する技術が生み出されて食べ物が傷まないのはいいのだけれど、本当に保存が必要じゃない物もわざわざ保存されているような気もする。コンビニ等が保管して販売が出来るということを考えると、温かい物を出すときに冷凍している物をチンして温めて出すという流れは、腐って捨てる無駄がなくとてもいい方法なのだろうが、普通の家庭にも当然のように冷凍庫に用意されているのを見ていると、それって本当に必要なのだろうかと思えてならない。エネルギーの無駄遣いをしているように見えてしまう。エネルギー使用量の値段は商品に上乗せされて、家でもまたさらにエネルギーを使用して口に入る食べ物。なんだかなぁ。
上手な料理人が作った物を食べたいという欲求はわかる。例えば手伝いに行っている店主の作ったケーキである。食べたいと思うのはよくわかるのだ。ただ、店主が美味しく飾り付けたケーキは当日中に食べることで、それほど長い時間保存するものではない。それをもし冷凍にして遠くの人にも届けて食べられるようにしてしまったら、もはや店主が作っているケーキではなくなる。生で食べられるフルーツ等の美味しさが変化してしまうので、出来上がったらそのまま食べるということが良いのだ。そういうものも世の中には多くあるはずなのに、何でもかんでも保存して行くのはいかがなものだろうか。
とは言うものの、焼き菓子については最近考えていることがある。個別に包むため、包装というものがどうしても余計に増えてしまうからだ。店主の焼き菓子はそのまま出せないだろうか?と思う。焼き菓子は保存が長く出来るから良い物なのだが、包装やそれに付随する作業時間というものが多く発生している。以前、パンのように置いておいて香りを漂わせながら売れるといいなぁ‥などと話していたことがあった。焼き立てのクッキーやパウンドケーキなどはもしかしたら生ケーキと同じように並べて販売してもいいのではないかなぁと思う。提案だけはしてみることにする。
今日も駄文をずらりと書いた。では今日はこのへんで。