まぁ、毎日ぐうたらしているというか、次はあっちへ行こう、こっちへ行こうと思いつくところへ家族と一緒に行くのである。散財もしている日々である。つい数日前は近くの温泉施設に出向き、岩盤浴もして帰宅。夜は9時半に布団に入り、朝は8時頃のそのそ起きている。長く寝たなぁと思う。若くないのに長く寝てしまったという感じだ。とても無駄な行為にも見えなくもない。
また、人気があるというケーキ店に行って来た。割と近いところにあるのに、一度も行っていない。どんなものなのかと思って探して行ってみた。カフェもついているようだ。けれど、着いてみるとカフェは今は閉鎖されていて、その場所では今回お茶が飲めなかった。仕方が無いので自宅に戻って食べることにした。
店内を見るとスタッフがたくさんいる。大きな厨房に4人ほど作業している。接客のスタッフも6人ほどいて、みんなクルクル動き回り、移動しながら対応をしている姿があちこちに見える。レジも2箇所離れたところにあって、ショーケースの前に並ぶためのスペースがある。並んでオーダーを取ってくれるまで待つ。シュークリームとチョコレートケーキ、そしてショートケーキ2個を買った。
後でわかったのだが、一緒にいた家族が最初に食べると言っていたロールケーキとショートケーキを間違えて買ってしまった。本当はロールケーキのはずだった。自分の中の「初めての店で食べるならショートケーキだ!」という暗示に自身の短期記憶が負けたようなのだ。店のマダムらしき人がオーダーを取ってくれたときに、実は個数を間違えていて、再度聞かれたタイミングがあったのだが、すでに自分は家族の頼もうと思っていたロールケーキの記憶は抜け落ちていて、結局気が付かずそのまま訂正をせずにケーキを買って来てしまった。記憶とはアヤシイもの。自分の無意識の概念が平気で行動の邪魔をしている。
詰められた箱は重いが、小さいケーキである。自分は一度に3種類食べるから一応お腹が落ち着く。ふーっ。お茶を飲む。ん?ひとつしか買わなかった家族はお腹が空いて仕方がないようだ。そりゃそうだよね。
なので、早速水餃子を作ってみた。家族が粉をこねる。中に入れる餡は適当に作って、皮が仕上がるまで置いておく。その間に水餃子を入れるスープを作る。煮上がって来たのに皮が仕上がらず、結局自分も皮を作ることになった。まぁ、どれも適当なのだが。適当というのが初心者にはなかなか伝わらない。自分が皮を伸ばして包みやすいようになるまで粉に水分を足してこねればいい、などと言った自分の言葉に「粉をこねた経験がない」「加減がわからん」等の言葉を家族が返して来る。きっと「ちょうど良くやれるようになる」というのが経験の差なのだろう。やりやすいようにやることが出来ればもうそのことが身に着いた状態なのだな。
固かろうが柔らかだろうが、餃子の皮を自分のイイ様に作りながら餡をつめて、今日も水餃子が出来上がる。スープの鍋に入れてきっと煮えただろうなと思う頃に椀によそって食べ始める。何でもいいのだ。食べ終わったときに思う。若い頃、あんなふうに訳も分からずに、たまたまやり続けてしまってたことが自分の手の中に残るものなのだな。とりあえずやり始めてみたとか、単に何となくやったことで、その後も何回もやり続けて、今も続いていること。意図があってやって来たとは思えない。上手くなろうなどと思わず、なぜかよくわからないけれどなぜうまく出来ないのだろうか?と気になっただけで、やり続けてしまったことが、ほとんどである。たぶん、簡単に出来てしまったことには見向きもしなかったのだろうなぁ。
ここのところ、ブログを書くことが自分にとってどこか「健全過ぎる」感じがしていた。今の自分はどこか健全で、真っ当で、自分に対して優等生な答えを出してばかりで、少し嫌気が差している。きっとそれは幸せなことなのだろうと思う。けれど、それは一昔前の自分が描いた自分の幸福な生活であって、今は自分自身が段々と変化しているのに、変化して行こうとしていない気がする。もしかしたらラクに長く生きるのならこうやって生きるのもいいのだろうけれど、冒険が足りない。冒険と言っても、どこかへ出かけるだけのことではなくて、自分にとっての新しい好奇心や興味を見出せる物事を避けている気がしている。変わることを避けていては冒険が出来ないよな~。
たぶん、先程の餃子を作ることだって、昔の自分にはやり始めるために大きなハードルがあったはずなのに、訳が分からないがやみくもにやり始めたひとつであって、冒険しなければ今手にしていないことのひとつだろう。今の自分には「上手く出来ないからやらない」ことが多過ぎる気がする。出来ないからやらない、という選択肢を持ってしまってそのままでいるのだ。実のところそういうものに対して「出来ない」と断定出来る経験をどこまでしたのだろうか。やりたいことはなかったのだろうか?いや、今やりたいことは何なのだろう。模索している。
では今日はこのへんで。