幸せの形はみんなそれぞれ違うはずなのに、自分と同じような幸せの姿をしていないというだけで、まるで不幸であると判定をされることがある。それだけならまだしも、自分の幸せの在り方を押し付けてくることすらある。ちょっと迷惑だなぁと思うのだが、自分自身が幸せになるためにはその周りの他人(=社会)も幸せでないと幸せになれないという思いの延長線上にはあって、意識的にも無意識的にも多かれ少なかれ発生してしまうことなのかなぁと思うと、こちらから一方的に「やめてくれ~」とも言い辛い。
スマホを持たないの?と言われることがある。相手の便利さを考えたら、スマホでLINEでやり取りする方がきっといいだろう。連絡を取り合うボランティア関係者二人に言われた。無いと困ることが多いでしょ、今は会社支給もスマホだよ、今時仕事をするならスマホじゃないなんて、最低限持っていないと…などと言った二人の横を二つ折り携帯電話を耳に当てた人が仕事の話をしながら通り過ぎる。
なんというタイミングだろう。稀なはずのスマホじゃない人がその狭い範囲内に二人いたことになる。半数がスマホ、半数が二つ折り携帯電話。うーん、自分は別にどうでもいいんだけれどな。
二人は、相手のことを考えて良かれと思ってスマホを勧める人ではない。実際は自分の業務の手順の煩わしさをこちらに向けているだけである。それを知っていても尚、自分はスマホにしていない。相手と自分が違ったときにどういう態度を取る人なのだろう?と、その相手が他人を見る目はどうなのかを見ている訳だから、自分は少し意地悪かもしれない。相手の二人は最低限の生活をしている人に最低限の物を支給しなくては、と話題にしている人たちだけれど、その話に出て来るエアコンも無いがスマホも無い自分である。その二人にエアコンをつけなよ~とは言われたことはない。
常々思っているが、自分にとっての最低限というのは人によって異なるはずなのだ。それなのに、その最低限という基準を自分のところまで引き上げて考えて、他人を見てしまうものなのだ。先ほどの二人と同様に、自分も気がつくとそうなのである。物を持つことや生活の仕方、人との付き合い方でも、ふと気がつくと自分基準で考えている。それ以上だったりそれ以下だったり、見て感じたときの自分の心の動きを感じてしまう。誰でも自分の基準に従って見るものが上下する感じ方の中で生きているのだから、幸せとか不幸せとか、周りが最低限の生活を提供しようとか、他人が勝手に決められるものじゃないよなぁと思う。
他人からの善意というものは受け取る相手が要る要らないを言える自由さがないと、悪意にはならなくても押し付けがましい余計なことになる。最低基準を下回る生活をしていると他人が思ったとき、そう思われたことが本人の自尊心を傷つけたりもすることがある。不幸の基準なんて曖昧で、人によって違うのだからとは思うのだけれど、放って置くことも出来ない。ちょうど良くというのがとても難しいものだなと、福祉というものが簡単に思えた若い頃とは違って、面倒なことをやっている自分がいると思う。
複雑で、ごちゃごちゃ、カオスだ。人の数だけ基準があり、幸せも不幸せも存在している。ニーズになんて、応えられるのか?だから近づき過ぎず、遠くなく適度な位置にいないとな。今まで近過ぎたかもしれない。まぁ、適度過ぎて何にも無いのもつまんないよな。人はどんなイイ人でも個人である。小さなトラブルがあるのが当たり前なのだ。同調圧力があれば反発もするし、急にするりと同調もする。常に動きのある存在だ。
こんなことを書いたのは、昨日ボランティア仲間で仲良くしているメンバーが一人のメンバーに対して悪口を言っていたのを聞いたせいかもしれない。まぁ、自分はどれだけ悪口や愚痴を聞かされても、それぞれ感じるところが違うんだなぁと思っただけであったのだが。一人として同じものはないのだ。自分から勝手にその人に合わせたことで不満を溜めて文句を言っている人、言葉の捉え方の違いで腹を立てている人、取り組み方の熱量が違うことで同じじゃないから嫌がっている人がいた。
愚痴を吐き出すことは良い効果である。温和な人の集まりであっても、考えが違うだけで腹が立つものなのだな。普段は見せない感情を丸出しであった。だからと言って相手を追い出すとか、意地悪をする対象にはならないところが良いところである。それぞれがそれぞれに指摘して、改善策が出ていた。腹を立てた嫌な相手を変えようとするのではなく、自分たちはどうしたら良いかを話していた。
不満を言い合って、みんなすっきりした様子。けれど自分の中に疑問が生まれた。自分はそこまで良かれと思って他人に対して積極的にやっていることもないし、他の人より熱量は低く、他人に対して自分は違うものだと思っているから、考えが相手と違っていたら面倒だなと思ったとしても、腹は立たない。そもそも他の人からしたら、いろいろと細かく面倒くさい人間だと感じているだろうなと自分で思っている。周りのイイ人たちは、違うことへの衝突があって腹が立ってもそれでも人付き合いを続ける熱意があるのだ。それがすごい。そう言えばメンバーの一人が「やる気があるからぶつかるんだよね」と言っていた。そうか、熱量が多い方が腹が立つことが多いのかもしれないなぁ。自分は?今、ぬるいかも。
では今日はこのへんで。