そこにある要らぬ我慢は自分が優先したいものの道しるべだ

不景気だとは思えない。歩いているととてもカラフルな車ばかりが通り過ぎて行って、コロナ流行中のときに見ていた白い車の行列には出くわさない。昔は白い車ばかりになると「不景気だから」と言われていたが、この状況では不景気そうな様子とは言えないような気がする。もしかしたら、それぞれがそこそこ景気が良いにもかかわらず、外にはあまり見せなくなったのかもしれない。心の中は充実していて、もしかしたらそれなりに贅沢もしていて、けれど他人にはそういう顔を見せてはいけないというモラルをきちんと守っているような。それでもどこかチラホラと心の中のものが飛び出ていて、カラフルな色となって目に映っているのかもなぁ。

不景気でみんなが沈んでいる、なんてことは無いのだろう。他人とは不景気だよねと言い合いながら、「自分は大丈夫なんだヨ」とほくそ笑んでいたりして。それは日本人のある種の気遣いの一面が表れていて、それはそれでいいのかもと思う。滅多やたらに自慢気でいるよりは、本当に不景気で大変という人たちにも余計な気遣いをさせずにいられて、何となく同じだけ大変で「イッショ」だねと寄り添える。悪くないと思う。

自分だって何となく同じである感覚が安心感につながるということは否めない。自分が無駄に他人から攻撃されるのを防ぐことにもなるし、相手の人にだって無駄に攻撃心を煽らなくて済む。お互いがわざわざ刺激せずにいられるというのはいい状態だと思う。まぁ、生きていたら自分が何もしてないと思っていても刺激してしまうものだしネ。

そんな不景気というこのご時世で何でも値上がりしている中、朝風呂を再開した。特別に収入が増えた訳でもないのに、余計に出費が増えるにもかかわらず再開してしまった。しかも朝も晩も両方入ることにした。元々風呂が好きなのだが、光熱費が上がる一方のご時世で、暫くなんとなく自分の家計の中では遣い過ぎかもしれないと思って、朝風呂はやめていたのだ。

でも今このタイミングで再開したのは、自分の人生の中での優先順位は何だったか?ということを再確認したからだ。優先順位が高いものを我慢する必要はないのである。というか、我慢が必要なものは恐らく自分にとって必要不可欠なものである。だったら、気にも留めないもの、言わば我慢が必要なもの以外をとことん削ってしまえばいいのだ。わかっているのにやっていない部分をとにかく削って行くだけのこと。

当たり前の話だが、そこのところが怠惰になると、優先したいものが削られてしまうことになる。もちろん、削るにも限界がある。その限界程度を保つための金額が自分に必要な生活費の目安であり、収入の目安だろう。自分もこうやって暮らすことで、だんだんわかって来たぞ。もうちょっと働かなきゃなぁ・・・と繰り返し思うところである。

ケーキ屋で働いて3か月ほどとなった。手術が入ったので結局2か月半ほどである。店主が考える目標売り上げやどうすれば店の売り上げが増して軌道に乗るという状態になるのかを知りたくなって、昨日聞いてみた。

生ケーキはカットケーキよりも大きいホールケーキがたくさん売れることで儲けが出るとのこと。確かに使うラッピング等のコストや手間を取る時間を考えると大きなホールが売れる方がいいなぁ。ふむふむ。焼き菓子も作成して置いておけるので、菓子の製造から仕上げまでが済んでストックさえしておけば、店主が一人の時間でも売ることが出来て人件費も節約出来る。いかに多くの焼き菓子やギフトを量産しておいて、さらに出来たら平日のホールケーキ予約を今よりも取るかだな。

平日は休日よりもホールケーキの予約が少なく、無い日もあるらしい。いつも店に立つ日の休日はホールケーキのラッシュだ。そうするとかなり店主は休日忙しくなる。自分が出来そうな仕事は今なんだろうかと考えると、店番する売り子として自分が独り立ち出来たなら、休日の店主のケーキ製造時間がもう少し増えるはずで、集中出来てラクになるのだということ。最優先は一刻も早く自分が一人で出来ることを増やすことだな。

今のところ、それ以外のところでは率直な意見が店主に刺激を与えていて、今後の店の展開や決断に繋がっているようではある。出勤している回数は少ないが、一日たりとも無駄に出来ない。店に立ち、売り子として独り立ちすることと、焼き菓子の封入等をスピードアップして、少なくともその次に繋がる何かを生み出して行けたらいいなぁ。長い期間、自分が客として見て来たことも価値があるようだ。気が付いて提案することは貴重なことだろう。今後も美味しく食べながら、店に貢献したい。まぁ、食べるだけでも貢献しているよな。稼いだ分はほとんど店に戻るという循環は続いている。

では今日はこのへんで。