ええ、アイに聞くよりも、ジーブンに聞いています。

今日からまた普段の生活に戻った。家族はいつものことながらバタバタと準備をして仕事に行くため今朝出かけて行ったところだ。また会えるのは3か月ほど先。自分自身もこの先の未来を少しずつ考えられるといいのだが、急に人が家にいなくなって気分が解放されたことも事実。3か月ほどゆっくりのびのび一人を満喫して考えるかなぁ。・・・ニヤついている。人恋しいなぁと言う寂しがり屋でありながら、一人がどうやら好きなのである。

そろそろ防災用品の一部の食品の賞味期限が切れる頃なので、新しい物を買い揃えて、古くなった物を食べている。ちょうど懐中電灯も気が付いたら電池との接続部分が劣化していて、新品を購入した。重いリュックの中身を一度出して、他にも変質していないかを確認。他にも今まで必要と思っていたけれど要らないなと判断した小物を処分して、軽くしようと試みていた。

だが、やはりかなり重い。足が動かなかったときには担いで階段を上り下りがほとんど出来なかった。健康であってこそ、筋肉の力があってこそだなと感じた。だから、やはり年々自分の変化と共に中身を見直すのはとても大切だと思う。重さ、重要性もそうだが、年齢と共に必要になって来る薬類や自分を保護するのに必要な物は変わって来るのだろう。若くて元気なときは要らなかった物がだんだんと増えるのだろうな。

今回足の傷口に貼ったガーゼも、一時必要というよりも、結局は数日は続けて必要なのだということを身をもって知る。傷に貼って終わりではないのだよなぁ。それに小さな傷に貼る絆創膏よりも大きな物の方が実際には使う必要性があるだろう。汎用性があるものとして、傷保護のテープをガーゼと組み合わせた方が持ち物が少なくて済むかもしれない。まぁ、もちろん劣化するので入れっぱなしではなく、見直しは必要なのでまた気が変わったらその都度だな。

先日家族がちょっと遠くまで遊びに出かけて買って来てくれた高級ふりかけがある。これも防災用品に入れたらどうかな?と思う。3か月ほどしか期限が保てないので、ローリングストックのようにたまに入れ替えて楽しむのもいいかもしれない。もしものときの白飯も美味しく食べられる気もする。懐具合に合わせて置いておきたい。数か月に一回のペースなら、ランチに行くよりは安いよな。

今はアルファ米を備蓄しているのだが、味見をしておくのは結構大切だと思う。メーカーによっては、何種類も味付けがある物も、食べてみたら同じ味・・・ということがあった。変わり映えしない味で飽きてしまうし、味付けが濃いと喉が渇きそうだ(塩分は大事だが)。家族の意見もあって、今回は白米も用意することにした。災害時はきっと白飯を食べられるだけで満足だろうなぁとも思う。

リュックの中身に入れているのは期限の長い防災用の羊羹とナッツやドライフルーツが入った大袋である。実は重い。適していないかもしれないけれど、すぐ食べられて安心感があるのだ。しかも好みの味である。カロリーも十分ある。ミネラルが摂れる。賞味期限が近くなると買い替えをして少しずつ食べて消費して行けるので、ちょうどいいのだ。

一緒に入れている豆乳の小さなパックや水の期限の確認をしている。豆乳も水も常温で置いておけるし、普段から摂取している安価なものであるというのも大きい。やはり普段から飲んでいる物が良いのだ。被災したときに初めて飲んで、というのは添加物でアレルギーが出たりしたら大事になる。普通に飲んでいて、自分の体の調子が良くなるものを選んで入れることだ。他人が言う「コレがいい」というのを鵜呑みにしないで、自分が必要な物を入れておきたい。

こうやって書いて思うのは、必要な物はずっと変化して行くのだろうと思う。同じものを好むこともあるが、体の変化で変わって行くものだ。これから先、歯がダメになってナッツを食べるのが難しくなることもあるだろうし、今は老眼鏡をつけていないが必要になるかもしれない。その時々によって「必要」というのは変わる。経験した人が紹介している「必要性」も参考にしながら、変化をして行く自分に合わせて揃える。どうしたって、自分自身しかわからないものばかりだ。今日はたまたま防災用品を取り上げて書いてみても、日常で起こる様々なことについて結局は「自分自身に聞け」だな。情報を探すより、それより前に自分がどんな暮らし方をしている人なのかを知る方がいいねぇ。

では今日はこのへんで。