久しぶりにケーキ屋の手伝いに行く。足も意識せずに動くようになって、柔軟性も出て来た。昨日店主に伝えて復帰となった。店に来るのは久しぶりで、忘れていることも多いが、また一から始めるつもりで手伝いをしていた。時間になり、帰宅するときになって店主から「快気祝い」をもらってしまった。自分は店主に心配をかけた上に、予定していた勤務日を抜けて迷惑をかけてしまったので、菓子折りを持って行こうと思っていたのだが、実は手ぶらで出勤している。菓子店に他店の菓子折りなんて?!という気持ちもあった。どうせなら店主の店の物にお金を遣いたいのだということも伝えていた。店主からは「自分の店の物になっちゃったんだが」と言われ、ギフト用の菓子詰め合わせを受け取り、いつもいつもたくさんの思いを受け止めてもったいない位だ。自分の元気の源は店主の作るケーキに在り。今日も元気に帰宅した。
さて、暫く家で過ごしていた家族がそろそろまた仕事に戻るタイミングが来る。また3か月ほどひとり暮らしだ。ケーキ屋の手伝いが4月位までは忙しい。自分が暇になる頃に家族が帰宅するのだが、今度は今までの仕事を辞めて帰宅するようだ。その後のことはまだ考えていないようである。またどんな日々が始まるのだろう。お遍路に行きたい、と言っている。歩くのか?行くなら一緒に行ってみるのも良いなと思っている。まぁ、仕事を辞めたいと会社側に伝えたようであるが、仕事に行ったらまた考えも変わってしまって続けたくなることもあるだろう。しかも今時、人材不足なのだから、会社もあの手この手で引き留めることに躍起になりそうだ。どうなることやら、である。
家族のことは置いておいて、自分自身の暮らし方に変化が出てしまうかもしれないことを危惧している。家族がいると、おそらく食べ歩きも多いし、遊びに行く回数が増える。ずっと家にいるとなると、集中して自分一人で考え事をすることもブログを書くことからも離れて行くのは目に見えている。お金も多く遣うだろう。家族と過ごすのは楽しいので、どうしたものだろう。全く贅沢な悩みである。
たまたま家族が自分の足の手術前後に家にいたことで、人がいることの有難みをとても感じたのは事実。ただ、動けるようになってしまうと、自分が動けば物事がどんどん進み、楽しむことも一人で出来るので、同居することが必要かと言えばそうではない年齢である。どちらかと言えば自由気ままな一人暮らしは快適ではあるのだ。適当な距離感で過ごせて、穏やかにいられたらと思うのだが。
それに、この古い家にもう一人人がいるだけで、少し家を直そうかなと思ってしまう。使う頻度が増えれば、傷みも進むからだ。扉ひとつを取って見ても、開け閉めの回数が増えることは間違いない。使用頻度が多くなって、壊れるタイミングまでの時間が加速する。床の軋みも増えるなぁ。これからの夏は暑くて眠れないかもしれないし、冬である今は家族が寒がりなので暖房を使う頻度が増えた。人が一人増えるだけで、「自分だけではない」という考えが動き出す。意外と自分の中にも、自分よりも他人のことを優先する切り替えスイッチがあるのだなと思う。自分一人だったらやらないのに、誰かがいたらやるって行動が自動的に増えているような。誰にも影響を受けずに過ごしているような気もしながら、それほど頑なでもない自分がいて、何だか人間っぽいなぁ。
では今日はこのへんで。