今回ほどマイペースな正月はないな。年末の大掃除もほどほどにやり、まぁ間に合わなくてもいいだろうと思いながらおせちをいくつか作って、合間に買い物に出て楽しんだ。紅白も途中から見て、カウントダウンのオケをテレビで観た後、近所の神社に走った。腰が痛いと言ってのそのそと後ろから歩いてくる若い家族をたまに振り返りながら。星が綺麗だった。
明けましておめでとうございます、と町内会で夜中にお酒やお汁粉を振舞う人たちの年齢がさらに上がったなぁと思いながらも、まだ手伝いに行っていない自分がいる。そのうちその役目が回って来るだろう。そのときまでこの町内に住んでいるだろうか。お参りをするために並んでいると後ろから突っついて来て、挨拶してくれる人もいる。顔を見たら話をするが、ちょっとだけ今日は人を避けてコソコソしながら帰宅。何でだろう。昨年は人だらけの中にいることが心地良いと思って過ごしていたが、人に囲まれて過ごした分、一人になりたくなっているのだろうか。バランスが大事なのだろうな。人が周りにいなくなると人を欲して、一杯になると離れたくなる。自分はちょっと「人」飽和状態なのかもしれない。贅沢な悩みだな。
今年の正月は一人ではなく、家族がいて、その家族が食べたいと言って買った蟹を朝から食べた。夜にご馳走派の人が多い中、自分は朝が一番食べたくなる時間帯。年始早々、贅沢な朝ごはんを食べた。ケーキ屋の店主から貰った餅で雑煮を作ったのだが、店主が言っていた通りここ最近の中ではかなり美味しい餅だった。米の味がちゃんとする。昨日までに雑煮用の小松菜を切る用意をするのを忘れていた!と朝起きたときに思ったが、無いなら無いなりに過ごせて、それでいて何だかちゃんとしている感じだ。ご馳走の全体量を減らした。今回年末年始にイクラも買わなかった。お酒を飲む必要も無いので、お屠蘇も止めた。かまぼこの量を減らし、昆布巻きの魚を1種類にして、肉料理を無くした。そもそもいつも年末予約していた○○セットみたいなご馳走を買うのをやめた。おせちを作って、そのとき食べたいと思った蟹やタコを買っておでん等を用意した方が安上がりだな。年末昆布巻きに使うニシンが多くて余分に昆布巻きをいつもなら作っていたが、今回は余りをニシン蕎麦にして入れて楽しんだ。もしかしたらそうやって過ごすものなのだろうか?年末年始だからと無駄に「特別品」を買わずに済んだ気がする。これからの生活のテーマは無いなりに楽しむことかな。
昨年は元旦に起きた地震で「明日はどうなるだろうか」と未来のことが不安にもなったが、常に今ここにいることや生きていて感じていることに感謝することで十分だなと思うようになった。常に先のことばかりを考えて動くよりも、今を大事にすること。未来より今を優先するのだ。自分が滅茶苦茶な暮らしをしているわけではないからネ。結局未来というのは、今の瞬間を充実させていくことの連続なのだと思う。今という時に集中して物事をやり遂げて行くと、望んだ全部は無理かもしれないが、上手いやり方を考えているよりも着実に手応えのあるものを得られていくなぁと感じる。意外と全部丸く治まって手に入ることもあったりするからなぁ。過去を振り返って出来なかったことを考える時間など持たないようになった。いつだって、目の前のことと、ほんの少し先の未来だけを気にして集中して生きているよ。
さて、これから赤飯を炊く。元旦から好きな物を食らおう。明日はケーキ屋の手伝いだ。働くお正月も、自分で選択した。
では今日はこのへんで。