周りが遅いのではなく、自分の心が急いでいて忙しないのだ。

もう明日は12月だというのに、窓を開けていてもぽかぽかしている。暦を見て気温を考えるよりも、自分の肌の感覚に合わせて、暖房や着る物を選んでいる。動いていると指先まで温まるし、日なたで日差しを背中に受けながらパソコンに向かえば、暑い位だ。すべての物に対して物価高が叫ばれているけれど、暖房が減らせるところも多いはずだから、惰性で今までと同じようなことをしないで、変化に対応してその都度今何が出来るのか考えて動いたら、案外今までとトントンなんじゃないかと思う。今までと同じようにやりたい、という気持ちが邪魔するものなのだろう。人間にとっては仕方のないことらしいのだが、気が付いたら変えてしまえばいい。

自分も気持ちの変化が出て来ていて、それと共に、大事なものが変わって来ているように感じる。友人や家族との遊びの時間よりも、ケーキ屋の店主を助けるために割く時間は多くなった。と言っても、最近ブログをあまり書けていないのはケーキ屋で手伝いをしているせいではなくて、ボランティアと病院、発表会、ピアノのレッスン等がこの数日重なってしまって、自分を落ち着かせる時間が減ったせいだと思う。たった1時間、ブログを書こうと椅子に座ることが叶わない日ばかりだった。今回、2週間程度ではあったけれど、やはり文章を書く時間は忙しい中でも取り入れた方が自分はいいだろうなと思った。

物事はスムーズに進んで、ほとんどのことが出来たのだが、ほんの少し自分の行動と考えている動きの時間のズレを感じていた。自分の頭の中で進行しているものと目の前の物事のズレ。先を読んでいる、というのは確かにいいことなのだが、今ここにあるものを味わいつくせなかったところがある。

ピアノのレッスンでも、ピアノを弾いているし、音も流れて行くのだけれど、自分の中で思い描いているものとずれていて、返って来る音を待っていると、ものすごく遅く感じた。少しストレスになるくらいだ。ピアノは考えているところと実際に出る音はズレていて当たり前なのだが、その感覚よりもかなりズレていた。弾いている音をそばで聞いている先生からしてみれば、いつもよりテンポや流れが前へ前へと動いて感じられたようだ。流れももっとゆったりでいいのでは?と先生に言われてしまったくらいである。テンポが速いのではなく、流れている音楽が前に行き過ぎだった。

差が大きいのは明白だった。時間の流れも含めて、自分の外にあるものがゆっくりしていて、それでいて自分の中では忙しないスピードで解決したがる欲求が生じたところにストレスを感じた。人に速さを求めないでいられるから良かったけれど、きっと、誰かに何かを求めたら自分のペースよりも遅く感じて耐えきれず、せっついたことだろう。

気持ちが忙しないときは注意が必要だな。これから師走。何を急いでいるのだろうと思うくらい、社会全体が何かに向かって慌ただしくなる。スケジュール帳には予定が一杯だ。きっと外からの影響より、自分の心の中が一番忙しくなって、人を煽ったり焦らせたりしそうだ。これからの一か月、気をつけて生きよう。

まずはブログを書くことかな。パソコンを打鍵していて、今日も実はパソコンの反応が遅く感じる。何かおかしいと思って再起動を何度もやってしまったが、パソコンがおかしいのではないのだろう。きっと自分の中に忙しいものが残っているのだろうな。ここまで書いて来て、やっとPCの反応が良くなって来たと感じる。書き終わって、ちょうど自分も落ち着いたのかもな。これから小学生相手のボランティア。

では今日はこのへんで。