ゴロゴロして好きなケーキばかり食べていたら、他人が食べる菓子を作って稼ぐことになった日。

バイト二日目。今日は厨房で手伝いをした。いきなりこれをやるのか?と思った途端に口に出てしまったが、店主から笑いながら「今やらないで、いつやるんだ」と高価な果物の皮むきやカットを任された。その後もシュークリームの仕上げや、渋皮のついた大きな栗の甘煮の様々なカットもやらしてもらった。お店の中でこれが売り物になると思うと腰が引けてしまうが、任されたならやるしかない。あっという間の3時間だった。最後に店主から「渡そうと思っていたんだ」と研修生と書かれた名札を受け取る。研修生と書かれた下に、「ご迷惑おかけします」と書いてある。これがあれば変な質問されたり、いきなりオーダーをする人はいないから安心デショ、とのこと。いやいや、本当にご迷惑おかけします…ともらった名札を読みながら思い、深々頭を下げて挨拶して帰宅した。ホントにまだまだ迷惑しかかけていないだろう。

果物のカットは、パフェ等食べているときに感じることが多いが、切り口で舌触りが変わると思っている。触り過ぎた果物の表面は柔らかくなってしまうし、温度も伝わり傷みやすいだろう。カスタード等クリーム類も、絞っている間に気をつけないと手の熱が伝わってしまう。触り方、持ち方、切り方、それに道具の握り方でも菓子の味に影響が出てしまうはずだ。こんなに気をつけないといけないものを素人の自分に対して「イイよイイよ」と店主がどうにでもするから何とかなると、作業をやらしてくれる。自分も普段ならもっと躊躇するようなものでも、やってみようと手が進む。一度覚えたことはやっていいのだなと思えて動けるのも、初めてのことかもしれない。教えてもらって疑問があるときは聞いて確認はするが、その疑問が解けたら聞かないで動ける。覚えやすく、聞きやすく、ありがたい職場だ。しかも「いつか自分のお腹に入るもの~♪」と考えて、楽しく大事に手をかけられる。それだけでかなり幸せだ。

個人の店なので、店主の手がけたものではなくては食べたくない、という人もいるらしい。それはわかる。同じレシピだとしても、味は変わるし、仕上げが食感を左右すると自分も思うからだ。例えば重さを計って入れたクリームも、どういう流れで入れられたクリームなのか、その勢いの加減で味に差がつく。気持ちはこめても、作業の美しさが歴然と味の違いを生み出していると思う。だから正直なところ、私が作った菓子が店に並んでいるなんて…と思うが、「OK」を出してくれている店主がいるので、自分がある部分・過程に携わったものであっても、この店のお菓子であるのだと思う。自分が出来ることは、示された作業を堂々とやって、さらに上手に出来るよう努力して行くことだけだな。

このバイトという小さな手伝いを始めたおかげなのか、予定の立て方も準備も含めて変化が出て来た。逆算するように、物事を組み立てている。どこか取っ散らかっていた物事の踏ん切りがつきやすくなったなぁと思う。出来るだけ店主の手伝いをする際は、寝不足厳禁、集中力とやる気の保持等の体調管理をして万全で迎えたい。だからバイトの日から逆算して、小さなことだけれど当日の朝ご飯や昼ご飯が食べやすいように買い物を前もってしておくとか、朝起きる時間を決め、そのために夜寝る時間はこの時間に寝るとか、その寝る時間までにやっておいた方がいいことを十分に出来るように、と逆算して予定を組んでいくようになった。そうしていくと、前後の予定も関わって来る。それも考慮する。体力に伴って気力に響くからね。

こうやって書いてみると、まるでバイトをするために時間や気持ちを制限したり、縛られているように見えるだろうか?全く逆である。以前ほど、仕事というものに縛られて、他のやりたい予定をキャンセルするようなことはない。退職してからのゴロゴロ生活でも十分にやって行ける程度で、生活を脅かすほど仕事をたくさんやらないと決めたことも大きいが、その分その仕事をきちんとやり遂げるための自分自身の環境作りを準備するようになったのだ。

それに、体や気持ちに無理がかかるような予定を組まなくなった。何かをやったらこれが出来ないとか、これをやるためにあれを削るとかではなく、これとあれをやりたいから、他はやらないというふうに、やりたいことを中心に見据えるようになって来た。あれもこれもと欲して何かをやり過ぎることが自然となくなったのだ。

思えば、1日に24時間あるとしても、自分が実際にどのくらい何に使いたいかというのは24時間分じゃないのだ。1週間は7日あるとしても、必ずしも7日丸々予定が入っているというのはオカシイということに、若いときから今まで自分は気が付いていなかったのだろうと思う。空白の時間があっていいのだ。ぼーっとしている時間を組み込んだっていい。空っぽでゴロゴロでいいのだ。それなのに、常に動いていたように思う。前後の予定も体力に負荷がかかるとかを考慮せず、そのまま入れていたような。機械じゃないのになぁ。どこかスケジュール帳に合わせて、または世の中の常識みたいなものに合わせてばかりいて、自分に合わせて動く、生活をするというのが出来ていなかったのだろう。今は、たまに行く仕事やボランティアはありながらも、あとは基本ゴロゴロしながら映画を観たり、本を読んだり、ピアノを弾くのだ。あとは友人と会って、またケーキを食べてるんだよ。そんな毎日。

では今日はこのへんで。