勤めるとは努めること?

先日、秋になったので毎年恒例のマロンのパイがお店に出るという話を聞いていたので、いつものケーキ屋に行き、手に入れた。値段は以前より上がっていたが、迷わず買う。食べる。美味しい。思い描いていた通りの味がした。マロンのパイは同じ味だけれど、思い出しては食べたくなる。一週間に二度目、やっぱりまた食べようと散歩がてらケーキ屋に出かけて行った。

夕方近くになると売り切れてしまうけれど、少し早い時間だったからか買えた。店主の話に熱が入る。目で訴えかけて来る。「人が欲しい」と。毎回店に通う度にスタッフにならないかと誘って来る。しかも裏方で。店主のすぐ横でのアシスタント作業だ。一人で店をやるのだ、と意気込んで今まで店を繁盛させている店主。どこのケーキのお店も考えてみたら小さい店であっても、一人ではなく、他に作業する人が2人ほどいるところが多い。そうだよなぁ。一人でいつもこれだけの種類と新作と数を出している。だからすごいなぁと思っていた。

好きな店&店主の応援をする、という意味ではとても楽しそうな意味のある仕事である。店を開いた当時からの思いに忠実で、デザインやコンセプト、材料にもこだわり、地域の子どもたちへ食の教育活動にも力を入れている。材料の質をとにかく落とさないところは、昨今の値上がりの中とても出来ることではないと思っている。いい店だなといつも思う。店主の労働時間を除いて、だが。

販売以外はほぼ一人でやっている店で、休日も仕込みをしている。繁忙期は休んでいる時間はほとんどないが、生きるとはお菓子を作ること、とでも言っているかのような生活。外から見ていて大変だなと思っていた。だが一方でうらやましくもある。情熱をかけて生きて行けるものがあっていいな~と。

そんな店主だが、何がどう、どこを見て自分を気に入ってくれているのかわからないが、店の裏方を一緒にと執拗に声をかけて来る。ずっと冗談だと思っていたのだが、ここへ来て、かなり本気で誘って来る。作業しながらすぐ隣で見ているからさ、大丈夫って?狭い作業場で一日中顔を突き合わす相手が自分でいいのか?恋でもしたか?…同性であるが。そんなことを疑う位、いろんな話をして来て、自分を気に入ってくれているようだ。

こんな年齢になって、仕事をしないかと声をかけてくれる相手がいるというのは本当に幸せなことだ。こちらとしては気に入っている店であるだけ、仕事をしていて自分が店に迷惑をかけてしまうのが怖いなあと思っているのだが、あんなに真正面から誘われると、自分の怖がっていることがバカみたいだなと思う。誰にも先のことはわからない。相手にとって、もっといい仕事仲間など考えてみたらごまんといるはずだ。それを勝手に自分と比べて何になるというのだろう。今相手が誘ってくれていて、しかも困っている。結局私は相手のことを考えず、自分の事ばかり考えているのだ。相手の気持ちを考えろよ、だ。

猫の手ほどなら、貸せるかも。心配なのは体力がないからさ、連勤とか長時間とかだと、ね。考えてみるよと言って店を出た。帰宅した後、なぜか頼まれてもないのに履歴書を書いてみたくなった。履歴書を書かなきゃいけない仕事など、もう雇われて仕事するなど考えたこともなかったのに。スケジュール帳を見て、過去一年を振り返る。土日勤務が中心だと考えて、どのくらい日数が出られるだろうか。一昨年で寝込んだ日数は?どんなシチュエーションだったっけ。2年で辞められたら困る、って言ってたな。自分はそれよりも長く勤められるのだろうか。飽きちゃったりしないだろうか。すでに十分に店のことが気になっている。

何でも物事を始めるときに考えるのは、上手く行くかどうかより、上手く行かせたいと思う自分がいるかどうかだ。体力がないけれど、維持出来るようにするには?とか、飽きちゃうから飽きが来ないようにするためにどうするか、狭いスペースで人と気まずくなったら・・・ではなく、気まずくならないようにしようとか。起こったら嫌だな、と思う悪条件を考えるより、悪い事態にならないように努めようと自分が思えるか。そういう意味では努める方向に気持ちが動いている。だったら、この仕事アリだなと思う。本気でやるのかな?やるのなら、年齢的にも骨を埋めるつもりでやることになりそうだ。

では今日はこのへんで。