久しぶりに会う友人とランチ。家では嫌いな人がいるのでチキンが食卓に上らない、食べたいと言うので、フレンチのビストロにした。この人と会うならチキンの料理がメインだなとか、魚介類の生ものは避けようとか、とにかくコスパで!とか、会う人によって様々だ。とくに食べられない食材があるときは避けて、好きなものや普段食べないようなものを選ぶ。最近ではどこも価格が随分値上がりしているから、お互いの予算を知って合わせておくようにしている。
年齢も上がって来ると定年退職したら家計を見直さなくてはと思っている人が多くなるようで、実際に友人はどんぶり勘定だったのに、暫く自分がどのくらいお金を遣っているのか確認していたり、貯金の運用を真面目に考えなくては・・・と、お金の話をすることも増えている。持っているお金で暮らさなくてはならない、というのは基本的に何もしないとお金が減る一方なのだ。みんな真剣になって来たなぁ。
今回ランチをしている友人は気が付いたらかなり赤字だったのだ、という話をして来た。夫婦それぞれの貯金と家計とは分けていたから、これから遣う支出をどこから出すかを話し合うそうだ。この友人に限らず、長年連れ添っていてもお互いの貯金額や支出を全く把握していない人も多い。収入やローンは何となく知っている、という程度の人もいる。そういう話を聞くと、お互いのお金の遣い方を知らないでやって来られたのは幸福だよなぁと思う。心配なく家のお金が回っていたのだから。だが、収入を以前より増やすことも出来ない状況でお金が減って行くのを知った途端、「一体何に遣っているのか」「無駄じゃないか」と急に気になり始めたようだ。
潤沢にお金があって、まだ稼げるから大丈夫と思っている間は、子どもの教育にかけるお金も、趣味にかけるお金も、交際費も・・・と夫婦お互いそれほど話し合いが必要なかったようである。羨ましい限りだ。けれどここに来て、今書いた点について話し合いを始めて、実は教育方針の違いがあったとか、お互いの大切にしているものの考え方が違いがあったとか、違いをこれから擦り合わせていくことになったとのこと。喧嘩にならないのは、長年お金以外でいろいろ話を重ねて来て、お互いを知り合っているからこそ出来るのだろうねぇ。どちらかの考えが正しいというものではない、というのをわかっているのだなぁ。いいねぇ。ハイハイ、ご馳走さま~。ある意味、のろけみたいな話を聞いて帰宅した。
あまりに友人たちの交際費が減らされるのは自分としても困るけれど、年齢が上がればこれまでの優先順位も変わるからそういうものだろうし、だんだん体力が無くなって来たら、食べる量も減ったり、出かけたりの回数も自然に減って来る。そうなるまでは普通に食べることも出来るし、移動も負担じゃない。今こうやって過ごすのも今だけの楽しみだ。まぁ、出来るだけ変わりなく、長く楽しめたらいいなぁ。
だからこそ自分もお金の遣い方をじわじわと改めておこうと思う。今にかけるお金と、これから先の未来の自分にかけるお金のバランスだ。お金の価値は変化するもの。お金の価値が減っているときはそれだけ物の価値が高いから値段が上がる。常に「自分とお金に対して見合った価値がこの物にあるのか?」と手に取った物に対して考える。水や電気、ガスも、使われたら無くなって行くものの価値も、見ていたらちょっと恐ろしくなる。排水口に流れて行くのはお金だな。電線を流れて冷蔵庫やPCに取り込まれたら消えるのがお金だな。コンロの火がついている間、燃えて無くなっているのはお金だな。自分のこれだけで十分、だけれどまったく使わないのは生活に困る。まずは自分の妥当なところを見つけよう。使いすぎは良くないな。まずは早くPCを閉じよう。
では今日はこのへんで。