生き残って助かった「めでたしめでたし」の続きは自分で。

ここのところ、自分の住んでいるところで地震が起きていない。静かだ。起きたりしているのかもしれないが気が付いていない。忘れた頃にやって来るのかと思うとソワソワする。たまに風でブルルと家が震えたりすると、地震か!?と思ってちょっとビクついていたりもする。

夜になると雨戸も閉めて、家中真っ暗だから、ピアノの部屋にいるときは小さな懐中電灯を近くに置いておくようにした。

と言うのも、ある夜に一瞬だけど地域の電気が消えて停電があったのだ。まだ夕方で外の灯りが付き始めた矢先だったときに雨戸を閉めている最中で、突然灯りが消えた。自分の家では階段の灯りだけついていたので、あの電球が切れてしまったか~とひとり暢気にそう思っていたが、辺りが静まり返っていて周りが暗い。隣近所も灯りが消えていたことに気が付いた。

明るかった場所で突然暗闇に立たされる。この暗闇が夜に突然起きたら、目も慣れていない中、ただでさえ見えないな。自分は慌てるだろう。あのとき暢気でいられたのは半分閉めただけの雨戸のおかげで、外の明るさもまだ入って来ていたからだと思う。閉めた後で真っ暗な状態だったらと思うと怖い。そこに地震などがあったら尚更だろう。

突然の暗闇はパニックになるなぁ。そう思って、家の中だけれどピアノを置いている部屋に行く夜は懐中電灯等灯りになるものを持つのが最近の必須となった。手探りで何か出来るのは落ち着いているときだけだと思うし、地震等災害の直後なら怪我する危険もあるからねぇ。懐中電灯を持ち歩かなくてもいいように、部屋の灯りを災害時に付くタイプにするとか、出入り口の目印に蓄光のシールを貼ったり、やれることはありそうだ。(他の人はスマホを肌身離さず持ち歩いているから大丈夫だろうけれど!)

地震の備蓄についても、今までとは全く逆かもしれない、考え直しをしているところだ。買い物に行くとおせち料理の予約が始まったのを見て、毎回お正月に起きた地震を思い出す。能登では地震以後も自然災害が起こっているから、思い出す、なんて言い方は申し訳ないが、それだけ自分は今、何もないところで平々凡々と暮らしているのだ。ありがたい。

自分はあの地震があったとき、初めて一人で過ごすお正月だった。年末大掃除を出来るところまでやり、お正月飾りや鏡餅を飾り、お節料理を作り、年越し蕎麦を食べた。ちゃんとお雑煮も一人分作って食べた。お屠蘇を美味しく作って、ワインを飲んだりしてほろ酔い。お正月のにぎやかなテレビを消し、静かな中でこれからのことを考えようかと思って、思いつくままやりたいことは何だったけな~と書いていたところに地震の揺れが来た。

年末年始は食べ物がいっぱいだ。ライフラインが止まっても暫くは大丈夫だなと思ったが、これ以上の地震が起きたらこの食べ物を一人で全部抱えて逃げられるわけでもないなと思った。たくさん蓄えても準備しても身はひとつである。結局は普段通りには行かないってことなのだ。

地震や緊急事態というのは、普段通りに出来ないということを頭に置いておかないとなと思う。被災してもどこか日常を普段通りに過ごせることを前提にしている自分に気が付いた。衣食住が普段通りなんて、ありえないよな、被災してしまったならば。トイレだって水洗で臭くない方がいいし、温かい美味しいご飯だって食べたい。寝るところも一人で気楽に寝たい。お風呂も毎日入りたいよな。けれどそれを手にするのは目指していてもなかなか難しいことなのだ。とりあえず数日はそこらでなんとかして生きる、で自分は良くないか?と思う。

だからこそ、準備は完璧を目指さなくてもいいと思う。出来るだけ自分で今用意出来そうなところを準備しておくことだ。普通の暮らしは出来るはずもないのだ。非日常だ。あまり気を張り過ぎないで、最低限の最低のところの準備をしておけばいいなと思い始めている。備蓄品も普段から比べると高価な買い物なのだ。食べ慣れないけれどたまにはいいか、と思える程度の物を用意して、これいいなと思った物をたくさん買い過ぎないようにしようと思っている。

自分はどうしても〇食分×〇日間という計算をして、広報等で言われるがまま、がっちり準備しておこうと思ってしまいがちなので、置き場所や持ち出し可能かどうかを優先することにした。当然だが、備蓄品は用意していても失うことだってあるのだから。お金を今そこに使い過ぎず、被災した後に使えるお金を残しておくことも必要だ。

結局のところ、どんなに助成金が出ても、生活は自分で立て直して行かないといけないのだ。被災したら面倒を政府が全面的に見てくれる、なんてことはないのだ。備蓄品を買って用意するのも、その後の生活のためのお金を残しておくのも、当然だが予算を決めて、より自分の身の丈に合わせてみないとな。被災していない地域に向けてすぐに移動する、というのもアリだと思っている。

うちの家は潰れるのが前提だ。地震が起こる前に潰れないよう補強するのは大事だけれど、大きな地震では新築でさえ使い物にはならなくなるのを見て来た。建て替える余力がある年齢だったり、貯金がたくさんある人ならば、その土地に住み続けられるかもしれないが、おそらく自分は無理かもなぁと思う。補強にかけるお金だって、今どのくらいかけるか考え中だ。震災で潰れた家をギリギリ片づけて、スモールハウスを自力で建てる?・・・ことが出来たらかなり万々歳だが。

では今日はこのへんで。