朝から蜘蛛が足の上を走って行った。先日から住んでいる二匹の大きな軍曹と呼ばれる蜘蛛だ。一匹はもう一方の半分くらいの大きさで、どこか遠慮がちに動いていたが、今日は私が洗面台で口をゆすいでいる最中に足の甲を走り抜けて行った。いつもチョロチョロしているのは確認しているのだが、この間もカーテンを朝開けている最中に上から頭を伝って顔の上を通り過ぎて行った。さすがに顔はイヤだな。一瞬だけれど。
以前は隠れて暮らしていたはずのその2匹の蜘蛛が足元に堂々と出て来て、「踏んじゃうから危ないだろ。」と声をかけることが多くなった。この間はテレビの前の私の定位置のところに、蜘蛛が居座っていて、まるでテレビを見ているかのようだったから、思わず写真を撮ってしまった。何なんだコイツは?と思う。風呂に入るときも浴室にいると水をかけてしまうからと追い出すときに、表情がわかるわけでもないのだが、何だか相手が不満そうな気がしたりする。
その証拠に、浴室から出たすぐの足拭きマットの横で一向に動かない。最初追い出すときに何かあって死んでしまったのかと思ったので、つついてみたら生きている。嫌そうに足を一本動かし「生きてますって。」というような様子だ。半日くらいは同じ場所にいることが多くて「いるな。」と思って安心しているが、姿が見当たらないときは気をつけないと不意に踏みそうなので、最近は足元をよく観察しながら歩いている。
これって私のためなのだろうか?足元を確認しながら歩かないと、自分がつまづいて危ないから?自分のために神様が使いを出して、一人暮らす衰えて来た自分を気にしてくれているのなら仕方ないような。自分の置かれた状況に吹き出す。神様の使いが大きな蜘蛛二匹。きっと周りの人に引かれるなぁ。
毎日誰かと話す機会があるのに、夜が明けて朝になると、なぜか誰ともしゃべっていないな、というふうに思ってしまう。そんなとき、突然駆け抜けて行く蜘蛛に対して、朝一番に話しかけることになる。相手に言葉があってこちらに返して来る言葉があるわけではないのだが、私自身が言葉を発するタイミングとなる。毎日家で映画を2本は見て、ゴロゴロしていると思っているので、話すことなど特にないよなぁと思っている自分だが、意外と人と話をもっとしたいと思っているのかもしれない。自分の言葉を今は言い足りないのか。なら思っていることを書けばいいよね~と思うのだが、書くのと話すのでは頭の中で使っている機能が違うので、どうも話す感覚を消化しきれない。話す体の器官を使いたい?そうなら発するしかない。音読とか歌とか、言葉を発しながら息を吸い、吐くのがいいかもな。書いている場合じゃないぞ。
では今日はこのへんで。