ありゃ~、あまりにも健全であり得ない生活を中心に世界は回っているよ

今朝、選択的無職という言葉を耳にした。キャリアブレイクということも。そのこととは別に、キャリアが出来る前の学生から仕事に就く前の一定期間、時間をかけて人生の空白のような何ものにも囚われない言わば肩書の全くないような時間をわざわざ取る国もある。そういうのを目にしたときに、なんで日本はこれが少ないのだろう?と不思議に思ったものだ。

日本にいると、大学等卒業したら、当然のように仕事に就く。自分の周りでは就職氷河期真っ只中で、希望したのに就けない場合もあるけれど、今ほど自然に「仕事に就かない」という状態に進んで行く人はたぶんあまりいなかったなぁ。望んで出来なかったことをきっかけに、違う道筋を選んだ人もいるかもしれないが。

フリーターという言葉も最初は受け入れられない状態から、その数が増えるにしたがって、言葉も語られるようになって、そのまま定着したようにも思う。今では自分が親世代になって、ニートなんだわぁ、ああうちも、とか、平気で恥ずかしげもなく会話するのを耳にしている。たぶん昔だったら恥ずかしいという気持ちがそこかしこにあった気がしたが、今はなんだか大きく丸く治めるように納得済みの言葉として落ち着いていて、自分は見ていて少し違和感もある。いいんかい、それで。

一時期パラサイト、という言い方もされていた。親に寄生するという感じはピッタリな言葉だなと思った。厳密には区分がいろいろ違うのだろうけれど、実際に本人に稼ぎがあってもなくても、親に生活の命綱を握らせて生きている様子かなぁ。何だか私の世代は新しい概念やそれに伴う新しい言葉が一杯あったようだ。そういう意味では生き方を身をもって模索している最先端だったのだろう。ちょっと違うけれど新人類、なんて言葉もすぐ下の世代で呼ばれ始めたっけ。まぁ、いつの時代も年が離れて違ったものの見方を始める人たちが生まれて来ることで、概念というのが新しく生まれ、多数になると定着するんかな。

自分のことを棚に上げて言うが、若い人の就業意欲はどうしたら育つのだろう?と不安が過る。若い年齢で働く人がいなくなったら、私みたいに体力が無くて、物や人をお金で動かして解決出来たことが出来なくなり、困ってしまう人は多いだろうと思う。けれど、それはもしかしたら取り越し苦労なのかもしれないなぁ。多くの人は望んで無職になった場合、人と会わなくなって、結局つまらなくなって、また仕事を始めるらしいのだ。キャリアブレイクも、その先に何らかでお金を稼ぐ仕事をするのが前提で、一旦離職するものだろう。選択的無職で、出来ることなら働かないで自分の好きなことをやっていたいと言っている人でさえも、好きなことが仕事になるなら・・・と就業をしているじゃないか。きっと平気だなと思う。みんな働き者だ。

ただ、自分で望まずずっとひきこもる人たちの年齢層が多いのは、私の世代でもある。何か特徴的だなと感じている。学校に行かなくなり、そのままの人もいれば、就職活動をきっかけにそのままの人もいる。私自身は、人口も多い世代だし、最低限の生活の保障をしてくれるような日本に住んでいるし、そこそこ大事に守られて生きられるし、周りでこんなに一生懸命働く人がいるのだから、自分は働かなくてはいいのでは?などと思ってしまうのが常だ。

自分は遊んでていーい?と思ってしまうのだ。人が多いから。自分は自身の存在の軽さがいい、と昨日のブログで書いたが、たくさんの人が生きている間は自分に何らかのお役目や責任が外から回って来ないからいいのだ。それなのに、だんだんと働く人口が減って来て、ひきこもっている人たちも社会に復帰しなければ社会が回らなくなりそうだ、という嫌な空気が出て来ている。障害で働くことが出来なかったと言われる人たちも、どんどん駆り出されて、働かされる。これは強制のような圧を感じてならない。

たくさん人がいるときは要らないよとはじかれて蔑ろにされていた感じがしていたのに、急に「働くことで生きがいがある」「人と関りを持ってこそ」等々、やたらと良い風に言われて自分の意思に関わらず世間へ引っ張り出されてしまってはいないだろうか。嫌じゃないのか?

とまぁ、書いて来て思うのだが、ここまで文字にすると考えが「健全」じゃなさそうだ。ははは。健康で、丈夫な体を持ち、疑問もなく楽しく生きて来られた人は、きっと自分自身の幸せな生き方や価値観や喜びを人に熱心に伝えようとしているだろうし、大半、その力で世の中は回っていると思うよ。喜んで働いてくれているはずだ。働かない私としてはありがたい。私はその健全そうじゃない考えを軸にして生きてるんだよなぁ。そして、そのことを書いている。自分も自分の幸せな生き方や価値観、喜びを熱心に伝えようとするのだ。それぞれが自分の望んでいる生き方をして欲しいなぁと願うのは、それほど健全じゃないわけでもないのだがどうだろう。自分のために、シーっと人差し指を立てて口元に持って行く姿が自分の中にある。けれど、沈黙出来ないから書いてしまった。また書いちゃうだろうな。

では今日はこのへんで。