夏休みが終了したので、活動開始を告げる掃除機の音が鳴る。

家族の荷物が昨日から減ったからか、途端に掃除をしたくなる。パソコン周りの床も雑巾で拭いてみたり、鏡を磨いたり。掃除機もあちこち急に思い立ってかけてみた。すっきりする。

荷物が多いだけで掃除をするやる気がなくなるんだなぁ。床の面積が普段見かけない荷物に占領されると、その荷物のそばにどんどん他の「何か」が寄って集まって来る。食卓のテーブルにはいつも何も置かないようにしていたのだが、家族が来ると「腕時計」「鍵」「食べかけのお菓子」「スマホの充電器」etc.が置かれて行く。それと共に訳の分からない紙切れ等も連れだって集まって来る。まるで「お供します」とでも言っているかの様。いつもならすぐに寝転がれるベンチの上も脱ぎ着する服が一時だけと言って置かれ、いつの間にか占領し、洗面台や風呂場にも細々としたグッズが場所を取っていた。今日見ると何もなくなって、本当にいろんなものが広がっていたのだな、と思う。風呂場の窓の近くに置いてあった物の残像が、暫く掃除をしていなかった砂埃で形作られていた。

何だかこうやって書いてみると、家族が物が多くて散らかしっ放しで、いつもごちゃついている感じに見えるが、そうでもない。仕事に持ち込む荷物の量は他の人より少なくて、学生のときでも寮の部屋が殺風景で、散らかすなと厳しく取り締まっていた教官にも驚かれた位だ。だからきっと、私の感覚がちょっと違うのかもしれない。たぶん、人よりも増えた物が気になってしまうのだ。一時置きでも、床に何かあるだけで気が散る。今度家族が年末にまた来るときには、床を占領されないよう、どこかスペースを作るべく、自分の荷物をもっと減らすかな。

話は変わるが、お祭りで飲み物を売っていたときに感じたことを書いておきたい。小さな子どもから大人まで、受け取るときに「ありがとうございます。」と言ってくれて礼儀正しい印象だった。3世代が同居する家族が多い地域柄なのだろうか。いわゆるヤンチャな人が少ない感じだ。気持ち良く売っていたのだが、次第に何度も飲み物を買いに来る子どもたちを見ていてちょっと驚く。ジュースや炭酸飲料ばかりが用意されていたせいでもあるが、短時間に何本も甘い飲料を飲んでいるのだ。お茶はありますか?と聞かれたのは数人で、それも小さな乳児を連れていた大人か、年配の方だけ。子どもはほとんどいない。以前は麦茶を大きなバケツタンクに用意して誰でも飲めるようにしていたのだが、諸事情で最近用意していないから、仕方がないところもあるけれど、あれほどたくさん糖分が入っている物を何度も飲んでいるのかと思うと少し怖いなと思った。ニュースで聞いた「水が飲めない子ども」というのを思い出した。来年は売る物の中にせめてお茶類を入れる要望を出そう。

今日も雷が鳴ったりするような不安定な天気だそうだ。昨日も突然雨が降ったかと思うと、カラカラに晴れたので窓を開けたところ、突然大きな雷が鳴った。ひぃ~。何とも先を読むのが難しい天気。思い通りにならないところが自然って感じだなぁ。

では今日はこのへんで。