祭りが終わると、家族が仕事のため出かけて行った。ついさっきまでいた人の気配も何もかもすべて持って行かれた感じがするが、それほど寂しい感じはしない。今は一人の部屋にこもってブログを書き始めた。たぶんこういう暮らしに慣れて来たのだろうと思う。
地域の祭りは二日間。午前中祭りの舞台セットをする人たちために、お昼ご飯用のカレー作りをやって、午後は一旦帰ってから夕方飲み物の出店で売り子をやった。病み上がりの体には、さすがに疲れて次の日の神輿は無理かなと思っていたのだが、神輿を担ぐこととなる。やり始めても、無理だなと思った時点で離れればいいのだ。途中、中学生だけで担ぐ場面で、声だけかけて過ごしたり、担ぐのをやめた人から肩パッドを途中で借りたり、結局全ての行程を通してやってしまった。
他の人ほど体も大きくないし力もないので、気力だけで参加しているが、神輿は気力というのが大事なのだなと毎回参加していて思う。声をかけ続けるだけでリズムが止まらず、その勢いが続くので担いでいる全体の力が途絶えたりしない。「もう駄目だ~」という気持ちになりそうになって、たとえ一瞬声が出なくなっても、誰かの掛け声に合わせて戻って続けられるのだ。みんなの力を合わせるのだ。普段べったり顔を突き合わして暮らしている訳でもないが、なんとなく知っている顔が集まって一緒にやっている。ちらほら、若い知らない人も増えていた。
坂道がとにかく多い地域なので、自分の力に合わせて神輿の重さがかかる位置も調節すればいい。そのときに合わせて背の高い人が前になったり、後ろになったり、疲れた人が内側に入ったり。力はないがただ騒ぎたいお祭り好きでも参加は出来るし、途中横から押したりしてたまに方向調整だけするのもあり。周りの障害物や車などの注意を見ている人もいる。うちわでひたすら扇ぐ人もいる。声を出さず笛を吹いている人もいる。後ろからついて行って声を出し、途中疲れて離脱する人の代わりにちょこっと入るというのもある。みんなそれぞれ自由にやっている。練習があるわけでもないし、決まりがあるわけでもない。みんなが少しずつ神輿に参加する。これがとてもいいなと思っている。ちょっと知っているけれど、ほとんど知らない人が一緒にやることで、知り合いになって行く。その工程が楽しい。一年、二年と年を重ねて行く「知っている顔」。お祭りの手伝いはだんだんと知り合うためのコミュニケーションツールのひとつだろう。頼まれて、嫌々やっていてはもったいないなと思う。
最初はドキドキ、何度もやって行くといつの間にか自分の方が古株で知っていることも増えて、知り合いも増えていく。そんなものだろう。町内会のお祭りや行事は全く知らない者同士が「ちょっと知っている」だけで、助け合える人になったり、トラブルがあったときに喧嘩をせずに冷静に話し合いが出来る人になったりするのかなぁと思う。上手く運営出来ない人ばかりが集まったっていいのだ。上手く行くことばかりがイベントじゃない。ダメダメなときもある。自然災害や電気系統の故障で中断、人災で中止もある。そんな中でも何度も続けて来たからこそ、「あのときは大変だったね~」とみんなで笑ったり出来るのだ。成功ばかりがいい思い出ではない。そこにいる人材でなんとかやって行くだけである。そこがいいのだ。外から見ていてあんな無駄なものと酷評するより、どうせなら試しにやってみないか?と思うがどうだろうか。
神輿の巡行が終わった後の会食の場で少し料理をつまんで帰ったが、今回初めて参加した青年が一人いて、一緒のテーブルに着いた。いつもは父親が参加していたが、骨折をして出られなくなり、代わりで出て来たのだと言う。全く知らない人ばかりの中で少し緊張していたが、これからそうやって代替わりもして行くのだろうと思う。最初は緊張するけれど、回数重ねれば馴染んで来るよ。その彼のために炭酸が入った飲み物を手にしたが、神輿の疲れが指先に出て、落としたにもかかわらず慌てて蓋を開けてしまった。ご想像通り、ドドド~と溢れ出た炭酸。まぁ、こんなもんですね。同じテーブルの人はきっと忘れられない思い出になっただろう。
では今日はこのへんで。