眺めて暮らすと得られるものは?

流星群が来ている時期だ。空を見上げたが、ちょうど雲がうっすら広くかかっていて、そこにいるはずの月や星まで見えない。夜中の3時頃がピークと言われても、たまたまトイレに起きたり、水を飲みに動いたりしない限り、そこまで熱心に見に行けない。夜中に窓を開けて見たときに偶然見られたときはラッキーだ。今回はどの位星が降るのを見られるだろう。自分は夜寝てしまうのだが、最近辛いことがあって思い悩む人は今の時期空を見上げてぼ~っとしているといいかもなぁ。普段そんなに出会えない星の煌きを目にして、その度に気分が変わる瞬間がある。咄嗟のことで何もかも忘れて、ただ「きれい!」と思うのではないだろうか。

星空に限らないが、自然の風景を眺めるというのは凝り固まった自分を忘れさせてもらえる入口になる。人間が作った世界がすべてだというような生活をしている自分に、「ここには違う世界が広がっているのだな」と感じさせられるからだ。虫でも草でも空でも、身の回りにいる自分とは違った時間軸で生きているものを見つめてみるといいのだ。また、目を使わず、耳を使うのでもいい。触って感触を味わうのもいい。匂いを嗅いでみるのもいい。何らかの感覚を受け取ってみるのだ。ずっと無視していた自分の感覚を思い出すし、これが全てだと思い込んでいた世界が少し広くなる。嫌気が差していた狭い世界の壁が、単に自分で作り上げた世界だったことに気が付いてほっとしたりもするのだ。

先日、家族が帰って来たこともあり、早速動物園に行って来た。年パスを買った方がいいだろうか、と度々言っているが今は割引で入っているから多少回数が増えても年パスを買うのと同じくらいで済んではいる。もう1、2回行くことがあるならば買うかもしれない。何度も行って同じ動物を見飽きないのかと自分でも思うが、興味があるようで無い自分だからなのか、何度行ってもまるで新しいことを知ったと思えて楽しめている。ひとつの動物をじっくり眺めて、臭いをかぎ、ついでに見に来る人間ウォッチングをする。目に映るものは何でも観察して楽しむのだ。

今回は夏のこの暑さだから、2リットルのお茶と水を家族とそれぞれ一本ずつ持って出かけて、全部飲み切る事態となる。暑さ対策は必須だな。園内でその都度飲み物を買うと確かに冷えた飲み物を手に入れられるが、やっぱり高くつく。荷物になっても持参した方がいいなあ。今の時期、夏の間は夕方から園内の時間が延長されているのでのんびり遅くまで園内にいられる。キッチンカーが集まって宴が広がっている広場があり、夜のピクニックが出来るのもいいところ。早めにその場に到着したので、自分もキッチンカーに並んで少々値段が高いピザを今回は買った。生地の薄いナポリのピザ。地元の旬の食材を使っている。熱々をほおばる。ピースを2枚重ねて一度に食べたりしたので、思いのほか早く美味しいタイミングで全部平らげた。たまにはいい。

帰りはバスの待ち時間が惜しくて、歩いて帰ることにした。足はかなり重くて上がらないが、暑くない分歩ける。途中で食べたかったお店のアイスを買い、食べながら帰る。一人分のバス代より二人分のアイスが安く買えてちょっと得した気分だ。自分で動いた分だけお金はかからないんだなぁと思う。食べる物も自分で出来るだけ作って持って行ったら使うお金がかなり減るよな。

動物園というものを思い出す。私は見て楽しむだけ。誰かがあそこにいたすべての動物たちの世話をしてくれているのだ。自分は何の世話もなしに、園にワンコイン位で入って見られるなんて、すごく安いな。ありがたい話だ。自分で飼って見ていたらこうはいかないよ。誰かに何かやってもらっているからお金がかかるんだなぁ。自分で動いて何かをやっていれば今の社会ってお金ってかからないんだ、なんて、ちょっと狭い社会の一面に引き戻されてしまったが、行ったり来たりしながらいられると、お金からの自由度が少しあるなあと思う。

では今日はこのへんで。