やれるはずもないとは思うがやれないこともなくはないかもという位の程度で。

やっぱ人間は滅びるんだ、とか言っている友人。そんな言葉が飛び出す人なのに、トイレの個室に置き去りだった傘を届けようか迷ったそうだ。届けよう、でももし忘れたことに気が付いてこの場に取りに来るかもしれない、ちょうどすれ違って手間がかかったら可哀そうだと。いい人である。迷っていたが、ちょうどそこに掃除スタッフが入って来たので預けることが出来たとのことだった。渡しておけば、もし思い出して問い合わせをしたならば、きっと忘れた当人の手に戻る確率が上がるはずだ。忘れっ放しだったら仕方がないのだが。

私自身の話で言えば、以前デパート内で傘を置いたまま忘れたと思ってすぐ取りに戻ったが、すでに無くなっていたことがある。その後、忘れ物の受付所にも届かなかった。そのとき、気が付いて戻った入口のところで、よく似た傘を持って出て行った人がいたのを覚えている。もし声をかけていたら、あの傘は自分の手に戻っていたかもしれない。声をかけなかったのが悔やまれる。そのとき盗られたかもしれない、と思うことを回避出来たかもしれないからだ。その場で盗むつもりでいたんだとしても「あなたの忘れ物だったんですね。」と言って返すかもしれないし、「これは私の物です。」と言われたら自分は納得することが出来たかもしれない。少なくとも、盗まれた気がする~という疑いの気持ちをその人に対して持ったまま過ごすことにはならなかったんじゃないかと思う。疑う気持ちや忘れ物が戻って来ないという気持ちはあまりいいものではない。出来れば疑わずに済んで、忘れ物も戻って来る社会がいいなあと思う。

昨日のモヤモヤの話を抱えていたが、友人と話をして少し温かな気持ちになった帰り、駅のトイレに寄ったら傘の忘れ物があった。おおぅ。何だかいろんな意味で自分を試されているかのようだ。先に出た人に声をかけたが持ち主ではなく、違うとのこと。先ほどの話をすぐ思い出して、迷わず駅員のところへ持って行った。普段は見つけても、自分が急いでいるとそのまま置き去りにしていたこともあったが、今日はすぐに持って行くことにした。誰かに盗られてしまわないうちに、と思ってしまう。置きっ放しでも盗られない社会だったらいいなと思うが、今はどちらかと言ったら盗られちゃうかなぁと思ってるのだから、何もしないで盗られるよりは、託すことが出来る相手に預かってもらう方が良いかなと思い、すぐに届けた。階段を少し下りて、ほんの数秒の小さな行動だ。

「わかっていたとしても、知っていたとしても、出来ないことがあるんだよ。」という話もしていたなぁ。社会のために何が出来るか。行動って言ったって、なかなか出来ないことばかり。ひとりじゃどうすることも出来ないことの方が多い。どうしたらいいんだろうね、と話していたが、そういう話をすること自体が大切で重要でイイんだと思うよ。自分たちの興味や関心、どうして行きたいか。お互いに出来てないなぁと言いながらあちこち突いて、刺激して、いつか少しでも何らかの行動に繋がるように願って話して、言葉にして伝えて行くことだ。今日だって、話をしていたからこそ、あの傘が目に飛び込んで意識に上って来たんだよ。友人よ、ありがとう。だけどさ、もし、滅びるんだねと思っていたとしても、滅びないように出来ることを自分も何か、何かをやり続けて行こうとしててさ。ってことで、今日もまた書いたんだよね。

では今日はこのへんで。